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【対談・大庭騎手①】毎回、人生最後と思って障害に乗っていた
2014.12.9
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大庭和弥騎手…以下[大]
西塚信人調教助手…以下[西]

[西]はい、今回は2回目となる大庭和弥騎手をお迎えしております。よろしくお願いいたします。このコーナーとしては珍しい2回目の登場ですよ。

[大]ありがとうございます。



[西]早速ですが、ホワイトプラネットでの勝利(11月8日東京7R)は1年4ヶ月ぶりの勝利ということだったんですね。

[大]そうだったんですか。

[西]そうだよ(笑)。逆に、そんなに勝っていなかったんですね。

[大]最後に勝ったのが福島(13年7月8日福島11R)だったんですよね。

[西]どちらにしても1年以上勝ち星から遠ざかっていたんだね。

[大]そうですね。

[西]大庭と菊池憲太は僕にとっては独特の思いがあるんですよ。

[大]菊池先輩は今何をしているんですか?

[西]菊池先輩は元気に普通の仕事をされていますよ。1年に1回か2回電話するんですけどね。

[大]凄いですよ。

[西]ずっと西塚厩舎時代から一番に乗ってもらっていた2人ですからね。最後の頃になって、牧先生に声をかけられて「一番は乗らなくても大丈夫ですか?」と言ってきたんですよね。

[大]あ、そうだったんですか?

[西]違うよ、(言ってきたのは)あなたですよ。

[大]そうでした。

[二人](笑)。

[西]これまで1日3、4頭、多い日には7、8頭騎乗していたのに、最近“大庭”という名前を見かけなくなっていたんで、実はどうしたのかなと心配になったりしていたんですよ。攻め馬では会うし、何かあったのかと思ったりしてね。

[大]凄いですね。

[西]うははは。このトークが、ですか。

[大]一般の方から言われるとは思いましたが、厩舎関係者の人から言われるとは思いませんでした。

[西]確かに会うよ。池上厩舎でしょ、あとは蛯名厩舎などに乗っていますよね。

[大]お会いしますよね。

[西]前回対談したときには独身でいらっしゃいましたし、障害レースにも乗っていましたよね。

[大]そうでした。

[西]そうですよ、障害レースに乗らなくなったんですよね。なんか、俺尋問しているみたいだね(笑)。

[大]そうですか(笑)。

[西]最初からブッチャけちゃいますけど、なぜ障害に乗らなくなったの?

[大]まずは怪我をしたくなくなったことですね。あと、怪我をしなくても、落ちる度に腰が引けてくる感覚を覚えたんですよね。トラウマになってしまっていたのか、(重心が)前に乗れない感じが出てくるようになったんです。

[西]腰が引けてくる感じが自分でわかったんだぁ。

[大]体が硬くなるというか、躓いたときなど瞬間的に「グっ」という感じで、体に力が入って身構えるその感覚が、だんだん酷くなっていっていたんです。なぜそうなるかと考えたときに、落馬をすることなんですよね。

[西]怪我をしないまでも、障害レースは平地とは比べ物にならないくらい落馬するもんね。話は逸れちゃうけど、今は4レースと5レースが連続で障害レースだったりすることもあるんだけど、「落馬のアクシデントがあったらどうするの?」と思ってしまう。

[大]本当にどうするんでしょうね。

[西]現場にいたら、乗せられるかもしれないよ(笑)。

[大]お断りさせていただきます。

[二人](笑)

[西]自分の体感として、これ以上障害レースには乗ることができないという意識が出てきたということなんだね。

[大]そうですね。馬に乗るということにおいて、マイナスに働く部分が大きいと思いました。

[西]切っかけになった落馬とか、アクシデントってあったの?

[大]1回の落馬ではないですかね。怪我する度に怪我をしたくないと強く思うようになっていったんです。

[西]そういう感じだったんだぁ。全くそうは感じなかったんだけどね(苦笑)。

[大]自分ではかなり重症だと思っていました(笑)。自分で“この馬障害の天才”と思った馬で落馬をしたりすると、気づかされるんですよ。

[西]何を?

[大]安パイってない、ということです。

[二人](爆笑)

[大]障害に安パイはありませんし、毎回“運”に左右されてしまうという結論になってしまったんですよね。

[西]障害試験が行われる北馬場には、障害コミュニティーがあって、どの馬に誰が乗るという表がありますよね。あそこから自分の名前を削除していくわけですよね。

[大]そうなんですけど、その当時も平地にも乗っていて、北馬場以外の馬場に行っていましたし、表に名前を書き込むことも少なくて、障害騎手のみなさんにもそれほど把握されていなかった感じなんですよ。

[西]自然消滅という感じだったのか。でも、自分で障害馬に仕上げた馬たちもいるよね。

[大]自分で手掛けた馬たちがすべて引退してから、障害騎乗を辞めました。

[西]それで新しい馬はやりませんということだったんだ。でも、手掛けた馬たちには最後まで乗ったわけだよね。

[大]そうです。

[西]それは偉いよ。

[大]良い馬だったんですよね。

[二人](笑)

[西]ただ、それでも怖さは感じていたわけですよね。

[大]怖さは毎回感じていましたよ。

[西]あ、そうだよね。

[大]毎回、今日で人生最後と思って乗っていましたから、それ以上はないですよね。

[西]障害騎手の人たちは、同じようなことをおっしゃいます。(横山)義行さんでさえ、ゲート裏ではドキドキすると言っていました。

[大]あ、そうですか。怪我をしたり、あるいは死がすぐ傍にあるというか、限りなく近い状態といいますか、可能性が高いわけですからね。緊張しない方がむしろ不思議かもしれません。

[西]話はそれちゃうけど、西塚厩舎時代に歩様が悪い馬とかには乗ったけど、本当にウルサイ馬とか、ヤバイ馬にそこまで乗っていなかったんですよ。つまりは、本当の恐ろしさを知らないで調教助手をやってきていたんです。いま尾関厩舎でも、2歳の新馬とかで牧場で何か問題があるという馬とかに乗る機会が多いんですけど、そういう馬でもあまりやられたことがないんですよ。その時は、その時という覚悟で乗ってはいるんですけど、最近怖さを感じることがあるんです。

[大]最近、本気で怖がっていますよね(笑)。

[西]この前、角馬場で大庭が前で乗っていて、モノ見してこちらに跳んできて、ぶつかりそうになったでしょ。あの馬とかもヤバイんだよ。

[大]うはははは。

[西]本当に、大庭やめてくれって叫びたかったんだから(笑)。しかも、あのとき、俺と大庭しかいないくらいの感じで、角馬場がガラガラの状態だった。

[大]そうでしたよね(笑)。

(次回に続く)

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