【対談・佐藤博紀師④】出戻り予定の元中央馬を通し、地方の持つ技術を見せた
2015.5.26
佐藤博紀・川崎競馬調教師…以下
[佐]西塚信人調教助手…以下
[西][西]これからは調教師となられるわけですが、今回そういう面での違いみたいなものって感じられたりしますか?
[佐]そうですね、求められているものが違うのかなぁ、という感覚は覚えました。
[西]どういうことですか?
[佐]JRAの調教師の方々は、マネージメント面での業務がとても多いと思います。厩舎と牧場との間で、レースを終えたらこの馬を放牧に出して、この馬を入厩させるということを調整しておられますよね。
[西]いまは入れ替え、入れ替えという感じで、馬房の効率をいかに上げるかに重きが置かれていたりしますね。
[佐]そういう意味では、どのように馬をつくっていくかという部分に関しては、地方の方がその醍醐味を味わうことができるとは思いました。1頭に対して、長いスパンで馬の反応や特徴を把握しながら、調教メニューを考え、馬の成長を促すことができる環境にあります。
[西]例えば500万下の馬を、1ヵ月トレセンで調整してレースに向かうようなことは、長期休養明けなど何か特別な状況でない限り、ほとんどあり得ないのが現実です。
[佐]そんな感じですよね。
[西]ほとんどが2週間ですよ。でも、レースまで2週間ということになると、トレセンでできることの選択肢はほぼありませんよ。追い切りの本数も決まってきますし、ブッチャけやれることはほとんどありませんよね。
[佐]そういうことになりますよね。
[西]ということは、誰がやっても同じということになってしまいませんか。極端な言い方かもしれませんが、A厩舎とB厩舎でやることに大差はないんです。
[佐]トレセンでの2週間だけをみれば、そうなってしまうんでしょうね。
[西]でも、それが1ヵ月あったら、選択肢はかなりありますよね。どこか1週間、追い切りの強弱もつけられるし、馬のデキと相談しながら、それこそ1週追い切りを抜くことだってありなんですよ。
[佐]1ヵ月あればそれができますよね。2週間では、1週前と当週の追い切りだけですから。
[西]極端な言い方をすれば、水曜日と日曜日やれれば4本、あとは強弱とコースの選択しかないんですよね。
[佐]そこで何か脚元がちょっと、ということになると、放牧というのが多いみたいですからね。
[西]そう、そう。それをどうにかして保たせる、というようなことは、もう時代遅れになってしまっているんですよ。でも、ブッチャけてしまいますが、地方競馬は保たせることの連続というか、いかに馬を壊さないでレースを使い続けるか、というようなところがあったりしますよね。
[佐]それは現実ですよ。JRAさんとは、馬が求められるスピードの差とか、馬場やコースなど環境の差もありますが、いかに馬を保たせるかというのが我々の大切な仕事でもあるんです。馬主さんのことを考えると、2ヵ月で3回出走させたいですし、そのなかでより良い状態をキープしながら、能力が発揮できるように、そして故障がないようにと、調整していくんです。G1とか重賞とか、あるいはここぞというときは、故障も覚悟で馬を極限まで追い込むこともしなければならないのですが。
[西]もしかしたら、JRAの調教師たちのなかにも、そういう仕事がしたいと思っている人たちはいるはずですよ。でも、それがなかなか許されない環境になってきているんでしょうね。そういう部分に関しては、地方の方々は負けないという自負があるはずなんですよ。どうですか?
[佐]それはありますよね。
[西]当然だと思いますよ。よく馬を保たせるのは技術だと言われます。でもいまその技術は、JRAの厩舎ではなくなりつつありますよね。
[佐]いま、中央で抹消された馬が、地方で2勝するとJRAで再び走ることができるシステムがありますよね。そういった、いわゆる出戻り予定の馬に何頭も関わらせていただきました。そのときには、担当の厩務員さんと、来たときよりも良い状態で、ビカビカにして返して、俺たちの持っているモノを見せつけよう、ということを合い言葉に頑張ってきました。できたかどうかわかりませんが、そういう思いで乗っていましたよね。
[西]僕自身も、同じようなことで、金沢の佐藤先生と一緒にお仕事をさせていただいたんですが、本当にいろいろなことを教えていただいたんですよ。そのときに、同じ佐藤先生なので、サトパクさんとさせていただきますが、サトパクさんが言う通り、すべての馬が良くなって戻ってきたんです。いやぁ、凄いなぁと思いました。そこには、掛けられる時間的な差があるんですが、でも技術があることは思い知らされましたよね。
[佐]わかりますよ。
[西]話は変わりますが、JRAの調教についての印象はどうですか?
[佐]ハッキングを行ってから馬場に入っていく厩舎がとても多いですよね。400mの馬場を4周して、馬場に入っていきます。しかも、地下馬道を通って、それなりに歩いていて、さらにウッドチップなど負荷の面でも差があると感じますよね。運動量は明らかに違いますよ。
[西]川崎はどんな感じなんですか?
[佐]いわゆる“普通に乗る”というのは、内コースの1200mを1周乗った後に、外の1200mのコースを2周半乗るという感じなんです。合計で4000m程度しか乗らないんですよね。
[西]速さはどんな感じなんですか?
[佐]2周半は17~18ですかね。
[西]馬場が内と外の2つで、しかもともにダートという環境のなかで、と考えると、凄いと思いますよ。
[佐]今回研修させていただいて、やはりコースにバリエーションがあることで、それぞれの馬にとっての選択肢が豊富だということを痛感しました。いま川崎では、現実の話として、1日17~18頭の調教を1人が担当しているんです。そうなると、1頭に対して使える時間も本当に少なかったりするんですよ。
[西]それは凄いですね。
[佐]今回研修させていただいて思ったのは、例えばAコースでゆっくり乗って、コースではある程度やる、という調教メニューがありますよね。それを川崎では、角馬場でハッキングをして、ゆっくり乗ることを教えて、外コースではある程度速く乗るというような感じで、メリハリを付ける感じで、調教のバリエーションを付けていきたいと思ったんですよ。
[西]角馬場でのハッキングとおっしゃいましたが、JRAでも多くの厩舎がやるようになったのは最近のことなんですよ。
[佐]えっ、そうなんですか?
[西]それまでは角馬場でダクを踏んでコースへ、というのが主流だったんですよね。
[佐]何かきっかけがあったんですか?
[西]戸田先生をはじめ、馬術部出身の先生が増えたことが大きな要因のひとつだと言われています。でも、僕自身が思うことは、ひと言でハッキングと言いますが、実はかなり難しい。しっかりと効果があるようにできるには、騎乗者がかなりのレベルで技術がないと駄目だと思うんです。
[佐]なるほど。仰りたいことはわかります。
[西]戸田先生や久保田先生をはじめ、それぞれの厩舎のスタッフの方々など、上手な方々が騎乗して行うハッキングと同じ効果を求めようとすると、ロンギしかないんですよ。戸田先生や久保田先生のレベルでハッキングができる人というのは、トレセン広しと言えども、それほどいませんよ。
[佐]いや、新鮮ですよ。
[西]バランスの崩した馬を乗って直すには、相当な技術が求められますよね。
[佐]西塚さんと出会えて良かったですよ。これからもいろいろ教えてください。
[西]こちらこそですよ。あっ、こんな時間になってしまいました。明日も4時から斎藤厩舎の調教がありますからね。最後にこれからの抱負をぜひお願いします。
[佐]やはり、やるからには上を目指して頑張ります。手掛けた馬たちが持つ能力をできる限り発揮できるように、そしてたくさん勝って、いつかはJRAの大レースも勝てるように、頑張ります。
[西]いやぁ、貴重な時間なのに、出演していただきまして、本当にありがとうございます。これからのご活躍を期待しております。
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