【対談・木藤助手②】桜花賞を制したエルプスにまつわる話
2016.4.13
木藤隆行調教助手…以下
[木]西塚信人調教助手…以下
[西][西]ところで、木藤さんはどこの所属だったんですか?
[木]境勝太郎厩舎でした。
[西]あ、勝太郎先生のところだったんですね。ということは、小島太先生の弟弟子ですか。
[木]サクラの馬をはじめ、“馬をつくる”ということを嫌というほどしてきました。当時は、ゲート試験を受けて、追い切りをして、さあレースというところで、太さんや東さんに乗り替わりだったので、腹が立ったこともありました。でも今、60歳近くになって、みんなが馬を降りるなかで、あのとき『負けられるか』という思いで頑張った思いとか、そのお陰でいろいろな技術が身に付いていったからこそ、いまでも乗っていられるんだと思います。
[西]同じ根本厩舎には障害騎手として活躍された成田(均)さんもいらっしゃいますよね。
[木]アイツは勝又厩舎という厳しいところで頑張ってきた人間です。成田も『アイツが乗ってかかるならば、俺はピッタリと乗ってきてやる』と懸命に頑張っていたんです。だから、いまでも乗っていられるんですよ。いやというほと、叩き込まれましたからね。
[西]乗っているだけではなく、しかも上手ですもんね。でも、最近の調教助手という位置づけは、そういう感じではなくなったように思います。
[木]技術的なことを追い求めたくても、なかなか許されない時代というのは確かだよね。
[西]馬だけではなく、調教師の顔色をうかがいながら、いろいろな状況を見極めて発言せざるを得ないところがあると思いませんか。
[木]昔は技術のある調教助手というのは、馬にとって本当に良いと思うときには、喧嘩してでも自分の意見を押すことが珍しくありませんでしたよ。昔は、たとえ喧嘩して『出ていけ』となっても、もしその人間に技術さえあれば『よし、お前の技術が欲しい』と他から声が掛かったんです。
[西]いまはそういうことはないですよね。
[木]たとえ技術があっても、いまはそこで声がかかることはほとんどありませんから、必然的にイエスマンにならざるを得ないということがあります。ただ、それは調教師にも言えることで、全体的にそういうことになってしまっているんですけどね。
[西]確かに、オーナーに向かって意見が言いづらいという現実はありますよね。
[木]頑固だけど、技術がある人間がたくさんいました。エビ(屈腱炎)の馬でも、もたせながら勝たせたりしたのが、いまはエビと言えば即放牧なので、技術が求められません。そうなると、入厩して来た馬に対して、いかに当たらず触らずに出走させられるかということになりますよね。
[西]2週間や10日間が主流となっていますからね。
[木]少し重いと感じても『いや、怪我をしてしまうといけないから。とにかく出走させないと』という感じみたいだよね。馬に気を使わざるを得なくて、強い調教ができない。そうなると、いまのレベルが上がっている競馬に対応できなくなってしまいます。やはり、しっかりと調教を積むことができている馬にはかないません。
[西]悪循環になってしまっている部分はありますよね。
[木]能力が高い馬たちと戦うとき、相手が7割の出来なのに対して、こちらがしっかりとつくっていたとしても、かなうかどうか。ハッキリ言えばそれでも厳しかったりします。
[西]それなのに調教をやれていなかったら、余計に厳しいですよね。
[木]いまの時代、能力が本当に高い馬は別ですが、昔とは違って、能力だけでは厳しいですよ。
[西]ブッチャけ、本当に能力のある馬というのは、調教では特に何も感じないのに、レースに行くと走ってしまうんですよね。
[木]いやぁ、本当なんだよ。残念ながら(苦笑)。本当に走る馬というのは、俺たちの技術云々じゃなくて、能力なんですよね。いまのファンの方々は知らないかもしれませんが、昔
エルプスという馬で
桜花賞を勝たせてもらったんですけど、あの馬は3000万円の“付け馬”だったんです。
[西]このコーナーの読者の方々は、結構オールドファンの方々も多いので、
エルプスの
桜花賞(85年)を知っている人もいらっしゃると思います。
テイエムオーシャンのお祖母さんと言えば、若い人もわかっていただけると思います。でも
エルプスって、そうなんですか?
[木]ギャラントローマンという馬がいたんですが、その馬を久恒先生がどうしても欲しかったと聞きました。ただ、高いということになったらしく、
「それじゃ2頭で」ということで、おまけのようにエルプスも一緒に買われたそうです。
[西]へぇぇぇ。3000万円と言われた馬はどのくらいまで勝ち上がったんですか?
[木]いまで言う1000万下でしたね。
[西]言い方は悪いですが、売れ残った馬がクラシックを勝ってしまったということですよね。
[木]昔はそういうことがあったんですよね。でも、いまは個人牧場が減って、生産頭数そのものが減ってしまっていることもあって、なかなかそういうケースが少なくなってしまっていますよね。また、そういうケースで勝った馬たちというのは、なかなか血統的な裏付けがないからなのか、広がって、つながっていかないんですよね。
[西]でも、
エルプスは
テイエムオーシャンを出しましたよね。
[木]孫で出ましたよね。ただ、それでもいわゆる良血馬たちが何頭も走る馬を出すというようなケースは極めて稀ですよ。
[西]いやぁ、“血統”というのは本当にあるんだなというのは、最近感じさせられることではあるんです。
[木]尾関厩舎もそうですが、堀厩舎や藤沢厩舎などをみていると、やはり馬が違うんです。いやぁ、ブッチャけますと、太刀打ちできないと思いますよね。
[西]木藤さんでもそう思いますか。やはり、西塚厩舎のときとは違います。西塚厩舎のときに『これは駄目だろうなぁ』と思う馬というのは結果も駄目でしたよ。でも、うちの厩舎はそうじゃないなんです。『これは厳しいかなぁ』と思うのに、レースに行ったら走るんですよ、これが。
[木]何十年と乗っていると『これは走らない』と思っていても、競馬にいくと走る馬というのはいるよね。
[西]そういう馬って、よく調べてみると血統的な裏付けがあったりしませんか。
[木]そうですよね。走る要素を持っているものです。サラブレッドは血統と言われますが、本当にそうですよ。
[西]ところで
エルプスって、いわゆる走る馬だったんですか。そもそも何か乗るきっかけがあったんですか?
[木]北海道でデビューして津曲(忠美)さんが乗っていて、ゲートの出が悪くて惨敗してしまいました。それで、2戦目で東さんが逃げ切ったんですが、それが
函館3歳S(当時)の前週だったんです。当時は当日に移動ができていた時代で、元々
エルプスに関係なく、美浦で朝調教を付けてから、久恒厩舎のゲートが悪い馬に乗るために函館に行く予定になっていました。そこで勝って連闘で2歳Sへ、ということになったんです。東さんは
サクラエクスプレスという馬がいたので、久恒先生が『うちの馬で函館に行くから、抽選だけど乗りなさい』ということになったのが真相でした。
[西]言い方は悪いですが、おまけみたいな感じだったんですね。
[木]正直、『1頭儲かった』というくらいの感覚でしかありませんでした。
[西]それで勝ったんですよね。
[木]そうなんだけれど、最初、
エルプス自身はステークスの前日に行われる2歳のオープン特別に違う騎手で行く予定だったのが、4頭立てで不成立になってしまったことで、乗れることになったんです。
[西]いまでは考えられませんよね。
[木]しかも、飛行機に乗ったら、隣がオーナーだったんですよ。
[西]えっ、
エルプスのオーナーですか?
[木]そうですよ。
「木藤君、今日うちの馬に乗ってくれるんだって? 頑張ってね」と言われて。
[西]“縁”というか、不思議なものですね。
[木]本当だよね。確か、あのレースは
トウショウレオという馬が1番人気だったんですよ。その馬と0秒5くらいしか勝ち時計の差がなくて、しかも相手は1回目の開催なのに、
エルプスは馬場が悪くなった2回目の開催でしたから、これはひょっとすると足りるという思いはありました。ただ、ゲートがあまり良くないと聞いていたんです。
[西]ゲートが良くなかったんですか。
[木]あまり良くはありませんでした。それがたまたま出てくれたんですよ。そうしたら楽勝でした。
[西]その時点で
桜花賞を勝てると思ったんですか?
[木]自分自身にとって初重賞ということでもありましたから、意識はしました。ただ、当時
桜花賞で逃げるのは難しいと言われていたんです。自分自身のなかで勝手にその意識をしてしまいまして、同型馬に引いてしまったレースがありました。すると、最後方まで下がってしまって、久恒先生に『勝手なレースをするな』と怒鳴りつけられて、乗り替わりにされそうになったことがあったんです。
[西]でも、乗り替わらなかったですよね。
[木]馬主さんが『もう1度だけチャンスをあげてほしい』と言ってくださったんですよ。でも、その後にトライアルの
4歳牝馬特別の4コーナーで仮柵の白い色に驚いて、急に手前を替えたために、外の馬に迷惑をかけてしまったんです。騎乗停止にはならなかったんですが、そのときトップ騎手たちから『木藤では桜花賞を勝てないから、乗せてほしい』という電話が先生の元にかかってきていました。そのときには『もう乗り替わりになってしまうかもしれない』という思いにはなりましたよ。久恒先生は関西出身でしたし、
桜花賞は勝ちたいレースのひとつで、しかもトップジョッキーたちからオファーが続々ときているわけですからね。
[西]でも、結果は木藤さんで行って勝ったわけですよね。
[木]先生が電話すると『木藤で行ってくれ』と言ってくださってね。いまの時代ではなかなかないかもしれません。
[西]いまの時代で言えば、武豊さんや岩田さんや戸崎さん、あるいはルメールやデムーロから電話が来ているみたいなものですからね。
[木]そういうことですよ。
[西]その時代ですね。いまではあり得ないでしょうね。
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