【対談・伊藤調教厩務員④(終)】作業ではなく、仕事をしている充実感があります
2016.8.10
伊藤春菜調教厩務員…以下
[伊]西塚信人調教助手…以下
[西][西]今は何よりの問題として、知れば知るほど魅力がなくなっていってしまい、人が入ってこなくなるんじゃないかと思うんです。
[伊]それは既に始まってしまっているんじゃないんですか? 私が牧場に入った頃は同期は8人だったんですけど、いまは厩務員希望者がいなくて、どこの牧場も人手に困ってしまっているのが現実のようです。
[西]人手不足は相当深刻のようだね。
[伊]入ってきてもすぐに辞めてしまう人も少なくないみたいで、本当に人がいないと聞いています。
[西]話は前後してしまうけど、伊藤ちゃんみたいにこの世界に魅力を感じている女性がいたとしても、結婚してからの働く環境が整っていないということで諦めてしまうかもしれないわけですよ。現実問題として、伊藤ちゃんに子供ができたときに、いまの環境ならば仕事を続けるか、それとも辞めざるを得ないのか、という選択を迫られる場面が来るわけですよ。ここまでキャリアを積んできたのに、託児所がないために辞めざるを得ないというのは、業界にとっても損失のはずです。
[伊]この世界にしかない魅力というのもありますからね。
[西]またそういう部分が減ってきてしまっているというのは間違いないでしょうね。
[伊]最近、この世界に進みたいと思っていたり、トレセンに入りたいと思っている女性の方たちから、Facebookなどで申請があったりするんです。
[西]なるほど。時代の流れだね。俺たちの頃にはなかったです。
[伊]牧場で乗っている人から、“引っ掛かる馬に乗っているんですがアドバイスをください”という質問を受けたりします。
[西]で、掛かる馬はどうしたら良いんですか?
[伊]頑張るということでしょう(笑)。
[西](笑)。
[伊]昔、ノボジュピターに乗ったときですよ。他の人が乗っていて、“かなり行くよ”と言われて、ノブさんに『どうしたらいいですか?』と聞くと、『頑張れ』と言っていたじゃないですか(笑)。
[西]よく覚えているね(笑)。
[伊]言ったのは覚えていますか?
[西]もちろんだよ(笑)。俺って、酷いなぁ。でも、そういう時期があって、いまがあるわけですよ。そうやって、馬乗りが上手な人たちが揃う久保田厩舎で活躍できているということですよ。なんかこじつけですけど(苦笑)。いろいろな厩舎で働いてきて、それぞれの良いところや悪いところがあるでしょ?
[伊]馬服の話じゃないですけど、子供を生んだときには協力できるところは協力すると言ってくれる先生もいました。でも、仕事の内容としては私じゃなくて他の人でもできるというか、変わらないと思わせられてしまうスタイルだったりして、そこは一長一短だったりしますよね。大雑把に言えば、朝来て寝わらをあげて、馬装して、運動に出て、指示された通りの時計で乗って、手入れして、フィードマンが作った飼い葉を与えるというのがいまの厩舎での流れだと思うんですけど、これは誰でもできるもので、作業だと思うんです。作業と仕事は違うんですよ。久保田厩舎で働かせてもらってそれを痛感しています。厩務員の腕の差を感じさせられるんですよね。
[西]言いたいことはわかるよ。
[伊]うちで厩舎の井坂さんの仕事はとても参考になります。
[西]読者の方々にご説明させていただきますと、伊坂さんは久保田厩舎で持ち乗り調教助手をされていて、先日の宝塚記念を制したマリアライトを担当されている方です。確かに、伊坂さんは馬乗りも上手ですよね。
[伊]私よりも遥かに上手なんですけど、もし誰がやっても同じように、という厩舎だったとしたら、そこまでの差はつかないと思うんです。
[西]難しいところだよね。システマティックにやる方が良いのか、それとも昔ながらではないけど、“個”を尊重してやっていくのが良いのか。もちろん、それぞれの良いところを取り入れながらやっていくのが良いのは間違いないんだけど、我が尾関厩舎は先生も我々の話を聞いてくれますし、良い感じだったりします。それでも、なかなか難しいなと思うところもありますよ。
[伊]ノブさんは、いろいろなことに気を使わなければならないから、また違った感覚だったりするんじゃないですか。
[西]まさにその通り。もちろん1頭、1頭のことを考えて、それぞれに良いと思われる方向でやっていくわけですけど、だからと言って調教もすべてバラバラで良いかというかというと、そうじゃありません。全体のバランスも考えて、うちで言えば、矢原さんや二口さんの良さが最大限に活かされるように、と考えたりもして、厩舎のなかで動いています。もし、それぞれがぞれぞれの考えを最優先にしていたら、収拾がつかなくなってしまいますよ。でも、それぞれの馬の特徴もありますし、状態もあります。そして、個人の感覚であったり、思いも大事なんです。だから、そのバランスがとても難しいわけですよ。ただ、大前提として僕の雇用主は先生ですから、その指示には従います。もちろん、自分の考えは言わせていただきますし、先生も聞いてくれます。でも、最終的には先生の考えが優先されるべきですし、それが自然な形だと思います。なぜならば、責任は先生しか取れませんから。そういうなかで、いろいろバランスを考えながら、皆が仕事をしやすいようにと思って動いているつもりです。なかなか上手くできてはいないんですけどね。
[伊]いや、大変だと思います。飼い葉ひとつにしても、先生と担当厩務員さんとも話をしながら作っているじゃないですか。そういうところも本当に大変だと思います。
[西]伊藤ちゃん、とても良いことを言うね(笑)。でも、それが仕事だから。ただ、いまは在厩時間が短いのが主流になってきています。そうなると、誰がやってもそれほど変わらなくなっていますよ。もちろん、そうじゃないケースもありますし、そこでは“差”が出てきますよね。
[伊]そういう“差”を久保田厩舎では痛感させられているわけですよ。でも、いまの環境で働かせてもらって、やり甲斐を感じていますし、充実しています。
[西]本来、この仕事ってそういう部分が魅力だったりするとも思うんだよね。いまは、システマティックになりつつありますよね。時代の流れと言えば流れですけど、そうじゃない部分がこの世界の大きな魅力で、そういう部分が少しでも残っていかないと、他の仕事と変わらなくなってしまうと思うんです。
[伊]生き物相手ですから、マニュアルがないじゃないですか。だから難しいんですけど、その分得られる充実感が大きいと思うんです。そういう仕事ができていることを本当に嬉しく思いますし、本当に楽しいです。
[西]馬主さんのなかには、女性特有の当たりの柔らかさが馬に良いと、女性厩務員さんを担当させてくれる厩舎に預託するという方もいらっしゃると聞いたことがあります。そういう感覚は確かにあるようにも思います。
[伊]私自身ではそういう感覚ってあまりないんですけど、他の方をみていたりすると女性的な感覚というのはあるんだなぁと思います。
[西]そろそろ時間ですね。今日は忙しいのに本当にありがとうございました。
[伊]こちらこそ、ありがとうございました。
[西]今度はぜひ夫婦でお願いしますよ(笑)。
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