【対談・宇井功氏②】便利になっても、技術がなくなって良いわけではない
2017.11.8
宇井功氏…以下
[宇]西塚信人調教助手…以下
[西][西]ステンレスの飼い葉桶で思い出したんですけど、それ以外で見かけなくなったものといえば、洗いバミ(※引き馬などの時に使うハミ)です。チフニー(※下写真。同じく引き馬などの時に使うハミ。ハートの形をしていて、ハートバミともいう)が出てからなんじゃないですか。20年前にもチフニーはあったんでしょうけど、いまみたいに主流となっていなかったんでしょうね。
[宇]昔、新馬が入厩してくると、引き手、ムクチ(※無口)、洗いバミの3点セットをお買い上げいただいたものでした。でもいまは、引き手とムクチのセットです。
[西]やはりそうですか。
[宇]洗いバミは1本のロープから編んで作るものなんですけど、売れないと作らなくなります。そうなるとせっかく教え込まれてきた技術が忘れられて、受け継がれなくなってしまいます。
[西]そういうことになりますよね。宇井さんもそうですか?
[宇]私自身はまだできます。手が覚えています。ただ、ここから先教えていく必要がなくなっていきますし、たとえ教えたとしても必要とすることがなくなるんです。そうなれば、技術が向上することもありません。
[西]僕自身、洗いバミを本気で使ったことがありません。かろうじて西塚厩舎に何本か残っていて、プールに行くときに試しに使ったくらいです。これも馬具屋さんで長さなどの調整をしていたんですか?
[宇]詰めてほしいと言われた場合、ハミとロープの間に藁を詰めて、その加減で調整を依頼されました。なかには、自分でやろうとして片方しかハミが付いていない状態で持って来られる方もいましたよ。
[西]できなかったんですね(笑)。でも、これも本当に職人という感じですよ。それがいまではナイロンやチフニーが主流の時代になって、そういう技術が必要ではなくなってしまっているんですよね。
[宇]でも、本当はそういう技術を残さなければいけないと思います。どんどん便利になっていきますけど、だからといって技術がなくなってしまって良いということではないと思います。
[西]ブッチャけてしまいますけど、洗いバミというのは見た目にダサい感じがあるんですよね。
[宇]そう感じるのは、いまそれほど需要がないということもあるんでしょうね。
[西]布手綱もそうですよ。いまでも使っている厩舎もありますけど、“いまどき布手綱?”という雰囲気があります。
[宇]布手綱を作るのにも技術が求められますよ。
[西]あれも作っているんですか。あ、そうか。ゴム手綱(※下写真)も作っているんですからね。
[宇]どちらも作っていますし、そこにはやはり技術があります。布手綱でしたら、中にフェルトを入れて、編んで、それから先端の部分に革を手で縫い付けます。手間はナイロン製よりもかかります。
[西]そういえば、昔一緒に働いていた地方競馬出身の人に言われたんですけど、布手綱は買っていきなりは使えないらしいですね。たしか、柱か何かに巻き付けるとか言っていました。
[宇]柱に巻き付けて柔らかくするんですよ。
[西]柔らかくなった状態では販売しないんですよね。
[宇]しません。使い込んで汗などを吸ったままの状態が続いたりすると、硬くなってしまうんです。
[西]西塚厩舎時代には布手綱を使っていました。でも、ゴム手綱の方が乗りやすかったりするんですよ。
[宇]布手綱を嫌がる方は少なくないと思いますね。
[西]でも、障害騎手の中には、その効果というか、良さについて話す方がいます。飛越で馬が一歩入ってしまったときとか、躓いたときに、布手綱は滑って手綱だけが抜けるので、落馬しづらくなるらしいんです。でも、ゴムだと抜けないので、人間も一緒になって落馬してしまったりするそうです。
[宇]いまはもうなくなりましたけど、ゴム手綱が出始めた頃は、そういう話はありました。ご存知だと思いますが、海外のゴム手綱は持つところが短くなっています。
[西]そう、そうなんですよ。
[宇]うちでは、お客さんによっては手綱をもっと短くして欲しいとか、逆に海外のものよりも長くして欲しいというリクエストがあります。話が戻りますけど、ゴム手綱が出始めた頃は、障害は先程西塚さんが言ったようなことから、ゴムの短いものにしてほしいというリクエストがありました。
[西]ゴム手綱はナイロンとゴムの部分に分かれているんですけど、ゴムの部分の長さが問題なんです。その部分が外国製品は短くて、太かったりするんですよ。その分ナイロンの部分が長かったりして、恐らく詰めて使うんでしょうね。そうすると、基本的に短い布手綱と同じような感じになるのかな。そのゴム手綱は、今だとゴムの部分が短いものは特別に注文しないとないですよね。
[宇]ないですね。最初の頃でしたか、騎手の方々が、ゴムの部分が短いタイプのもので、いざ追うときになって短く持とうとしたら、ナイロンの部分しかなくて滑ってしまったという話を聞きました。
[西]それでゴムの部分が長くなってきたわけですね。でも、今の方が使いやすいですよ。
[宇]ナイロンの部分が革という製品もありました。
[西]ありましたね。
[宇]出始めた頃は、革にゴムが付いているものでした。まあ、元々はヨーロッパから入ってきたから革なんですけど、その中の部分が劣化してしまって、切れてしまうこともありました。
[西]海外といえば話がそれますけど、香港では日本の手綱は使えないんですよね。
[宇]ヘルメットもそうなんですけど、馬具に関しては香港やオーストラリアは特に厳しいです。
[西]手綱は金具の部分が駄目だと言われたようです。
[宇]国によって規定が違っていて、ナイロンの部分がエナメル製ではないと駄目という規定がある国もあります。
[西]そうだ。香港は革でなければ駄目と言われたみたいです。でも、革が切れてしまう可能性がありますよね。実は、切れるから、人馬に安全で良いという考え方をするのがヨーロッパだと聞いたことがあります。
[宇]もちろんそういう考え方もありますけど、問題はそのタイミングですよ。革の手入れは濡れたときには十分に水分を拭き取り、乾燥させて、そして油を塗ることで栄養を与えます。ただ、ゴム手綱の場合はその中の部分を手入れすることができません。実際、その中の部分が切れてしまうことがあります。
[西]ゴムの部分は中が見えませんからね。でも、引っ張られた力で切れてしまったんですかね?
[宇]僕の経験で話をさせていただきますと、劣化でしたね。手入れをしていない革は乾燥して硬くなってしまって、折れるような感じになってしまうんです。それでゴムの部分を切って見てみると、まさにそういう状態でした。
[西]ゴムで覆われた部分の手入れは難しいですよね。それは劣化してしまいますよ。
[宇]お分かりだとは思いますが、鞍でも頭絡でも、雨に濡れたときにストーブの横に置いてしまったら、それで終わりです。たとえ新しいもので油が塗ってあったとしても、駄目なんです。
[西]革って繊細ですよね。
[宇]革は呼吸しています。油を塗ってあげて、それが飛びます。雨などである程度水分を吸ってしまったとしても、よく拭いてあげて、時間をかけて乾くのを待って、その間際で油を塗ってあげます。すると、また生き返るんです。でも、ストーブの前に置いてしまえば、すべてを失ってしまって、折れるような状態になってしまいます。繊維が死んでしまうんですね。
[西]我が尾関厩舎は、天井は競馬のときだけ革です。
[宇]競馬でもナイロン製を使用される厩舎が多いですよね。
[西]いや、ナイロンはデザインも自由ですし、手入れも簡単ですから、ナイロンは最強だとは思います。ナイロンは切れないので、馬へのストレスというか、安全性を言う方もいらっしゃいますけど、革で新しいものですと頭を上げたときに抜けてしまったりすることもあるので、ナイロン製の方が使いやすいです。
[宇]確かにアクシデントは少ないと思います。
[西]もちろん、うちが使っているように、革には革の良さもあるんですけどね。
[宇]例えば、放馬したときに、馬が転倒する前に革が切れてくれることで、防げたりということはあります。もし、ナイロンならば絶対に切れません。
[西]そういう意味では例えば、ゲート練習で縛るときとかは革の方が良いでしょうね。馬が暴れて、これ以上いったらヤバイというときには革ならば切れてくれますからね。実際、ゲートやプールなどには、そういうときのために、ナイロンを切るためのハサミやナイフが常備してあります。切れないという意味では、レースではそういうアクシデントが起こる確率が低くなりますので、ナイロンの方が良いのかもしれませんよね。
[宇]切れることよりも、切れないことを想定した方が良いのかもしれません。手入れ不足で切れるのか、馬の偶発的な行動によって切れるのかはわかりませんよね。だとしたら、切れないことを想定しておいた方が良いように思います。
[西]僕もそう思います。
※次回へ続く
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