憲太は、「ひとりで何とかしようと思った」と話してくれました
2009.06.18
先週の対談について、たくさんの方々から(菊池)憲太に対して本当に暖かい言葉をいただきました。
最初はいまさらという反応もありましたが、なぜ憲太との対談をやるのかということについて、それがこの連載のテイストというか、僕がこの連載をやっている意味だということを理解していただければと思います。
ということで、さっそくですが対談の続きをどうぞ。
[菊池憲太さん(以下、菊)]10年やればいいかな。競馬学校時代にある教官に言われたんだよね。年間に1000万円稼げないようなら、乗れなくなったら早く辞めろって。この仕事は常に死と隣り合わせだし、1000万円稼げないのなら命を張っている価値がないってことなんだよね。
[西塚信人調教助手(以下、西)]確かに死と隣り合わせだよ。
[菊]いまになって、その言葉の本当の意味が分かるんだよね。例えば1頭1700円で1日に3頭乗ったとしたら5100円でしょ。時給800円のバイトを7時間働いたら5600円になって、3頭に乗る以上に稼げちゃうんだよね。しかも、3頭乗るってことは、それに命を張るんだから。それっておかしいと俺は思うんだよ。
[西]危険な仕事であることは間違いないからね。
[菊]言っていいのか分からないけど、蛯名(信広)先生が亡くなった事故についても、辞めていく人間だけど、どこかで本当のことを言ってやろうと思うんだよね。
[西]憲太はあの時、現場に居合わせた数少ないひとりなんだよな。
[菊]あの時、障害練習していたら救急車がいたんだよね。何かあったと思って見たら、年老いた係員のふたりが動いていない蛯名先生を運んでいた。それでやっと積んだかと思うと、そこから5分、10分とそこにいてから救急車が動き出した感じだったから。しかも、あそこから一度診療所に寄って、そこから本物の救急車に乗せ換えて搬送するらしいじゃない。そんなの間違ってるでしょ。
[西]普通に考えたら、心停止の状態で、そんなに時間が経ってしまったら、助かるわけがないよ。
[菊]それと、定年を過ぎた人をたくさん雇用しているけど、それよりも、ひとりでもふたりでも若い人というか、それこそレスキューの資格を持つ人を常駐させておくべきでしょう。トレセンで働いている人は全員分かっているはずだけど、そういうところでしょトレセンって。
[西]そう。いくら大丈夫だと言っても、事故が起こりうる確率はメチャクチャ高いのは、紛れもない事実だからね。
[菊]競馬場は、運搬態勢には問題が残るとされているけど、トレセンと比べれば人の配置はしっかりとしているからね。
[西]逆に言えば、競馬場でさえ問題を抱えているということ。そこよりもトレセンはひどいんだから怖いよね。
[菊]トレセンの救護態勢は本当にひどいよ。辞めていく人間が言っても相手にされないかもしれないけどね。
※編集部注:その後、AEDの設置箇所を増やしたり、救護講習会などが行われるようにはなった[西]でも、1頭1700円。たとえそれがどれほど危ない馬であっても同じ金額で、しかも追い切ってこいと言われれば行かざるを得ない。もし断れば、それ以外の仕事を失う可能性が高くなるという現実があるのは確かでしょう。
[菊]文句を言えない。しかも、乗り役だからと、初日にゲートというケースが多いからね。誰でも乗れるようなおとなしい馬なら良いけど、そういう馬ばかりじゃないから。同じような思いをしているのは俺だけじゃないけどね。
[西]救護態勢を含めて、やはりこのままじゃいけないと思う。
[菊]いままでの救護態勢で働けと言われてきたことにゾッとするよ。
[西]読者の人たちの中には、競馬場ってキッチリとした環境の中で働いていて、良い車に乗ってみたいな、良い暮らしをしていると思っている人がいるのかもしれないよね。でも、決して思われているほど良い暮らしをしているわけじゃないし、完璧じゃない。
[菊]甘いと言われるかもしれないけど、ハッキリ言わせてもらえば、週1休あるものの、盆も正月もなく、朝早くから働いて、これだけ対価のない仕事はないって思う。
[西]ただ、厩務員さんの平均年収ということで言えば、世間よりもはるかに良いし、保障ということで言えば職場は確保されてるわけだから、助手も含めてやはり恵まれた環境だよ。そういう意味で言えば、乗れない騎手がもっとも過酷かもしれないよね。ところで、改めて聞くのも変だけど、やっぱり名残惜しいと思ったりする?
[菊]別に。このままいたからと言って競馬に乗れるわけじゃないし、将来に重賞を勝てるような馬に乗れることもないはずだから。
[西]憲太の言葉に対して、読者の人たちの中には、いろいろ言う人もいるだろうね。でも、俺は決してシニカルな話じゃないというか、そうなんだろうと思う。競馬に乗れないって、騎手にとっては耐えがたいんだろうね。まして、競馬、そして勝つという快感を知っちゃっているわけだから。
[菊]オリンピックじゃないけど、勝ったら本当に嬉しい。お金とかじゃなくて、本当に嬉しいからね。
[西]話は逸れるかもしれないけど、競馬だけじゃなくて、憲太が乗った馬の中で印象に残る馬っているの?
[菊]うんん、(シンコウ)エドワードはすごく良い馬だった。抜けてると思った。だから、この馬に勝つエルコンドルパサーって、どんだけ強いんだ、どんだけ走るんだと思ったよね。一度でいいから乗ってみたいって。
[西]そんなに凄かったんだぁ。
[菊]NHKマイルCは勝てると思ったもんね。乗りやすいし、乗り味が良くて。声だけで動いてくれるんだよ。行けと言えば、行くし、やめろと言えば、止まったからね。
[西]騎手候補生の菊池憲太でも持ち乗りができるくらいおとなしい馬だったんだ。
[菊]そうだよ。だって、馬房で一緒に寝られちゃうんだから。マイクロ掛けながら寝ちゃったことがあったんだけど、まったく動いていなかったからね。
[西]こうして憲太と顔を合わせて話をすることも、しばらくなくなっちゃうな。
[菊]そうだね。
[西]次やることは決まったの?
[菊]いや、まだ。この前ふと考えたんだけど、トレセンって休みがないでしょ。週休2日で年間50日として、10年分と計算すると500日休んでいないということだからね。有給とはならないけど、500日を楽しんじゃおうかなぁって(笑)。
[西]そういう考えもあるなぁ(笑)。そう考えると、人気商売とか言われるけど、騎手っていう仕事もかなり大変だね。でも、なって良かったと思う?
[菊]良かったとは思う。10年間この世界にいて、外へ行くという経験ができる人って限られているでしょ。助手に転向する人が多いけど、そうじゃない奴がいてもいいじゃない。甘くないと言われる。確かにそうなんだろうね。でも、俺は負けないよ。
[西]進むべき道が決まってくれることを祈っているよ。
[菊]募集してよ。菊池憲太を使いたい人って。というか、俺、宝くじが当たったことになっていたからね。
[西]そうだ。『憲太、宝くじが当たったんだって。だから辞めるんだろ』って、何人かに言われた。
[菊]いくらだって?
[西]1億円。
[西・菊](爆笑)
[菊]怖いところだね。
[西]みんな当たってなければ辞めねぇよなって言ってたからね。
[菊]いまになって振り返れば、俺は噂が絶えなかったなぁ。
[西]ホストをやってるとかいう噂もあったな。
[菊]あとは失踪したと言われていたこともあった。
[西]そうだったの?
[菊]投票忘れてしまったことがあって。でも、あの時は競馬会にはキッチリと休業届を出してあったんだよね。でも、本当にいろいろ言われた。
[西・菊](爆笑)
[菊]でも、その度にいろいろな人に助けられた。あの時だって、戻ってきたら辞めようかと思っていたら、いま競馬学校の教官を務める蓑田さんが、『じゃあ、俺が乗っている厩舎を紹介してやる』って言ってもらって、また乗れるようになったんだよね。そして最後にノブ君に助けられて。本当に、いろいろな人に迷惑をかけて、そして助けられた。
[西]ただ、最後に昨日の送別会でも、尾関厩舎の人たちが『憲太、憲太』って集まってくれて、良かったじゃない。
[菊]嬉しかった。ただ、そういう思いに自分自身が応えられないのが情けないし、嫌になっちゃう。蓑田さんにしろ、ノブ君にしろ、そして尾関厩舎の人たちにしろ、頑張れ、頑張れと思ってやらしてくれるのに、応えられない自分がいるんだよ。
[西]そんなことはないと思うよ。みんな、そんなふうには思っていないって。
[菊]だからこそ、余計に辛いんだよ。まだ、なんで頑張れないんだって言われた方が楽だよ。そうじゃないんだよ、みんな。みんなが見返りを求めてないことが伝わってくる。それに応えられない自分がいて、だから人と付き合うのが嫌になっちゃったというところはあるんだよね。
[西]そんなことはねぇよ。
[菊]声をかけて、助けてくれる人っているんですよ。助けてもらっても、また何かやっちゃうんじゃないかという恐怖心があった。だから、ひとりで何とかしようと思ったんだよね。
[西]そうか…。最後にひとつだけ言わせてくれ。俺は憲太は良い奴だと思っている。だから、おこがましいかもしれないが、俺でできることがあればと思った。
[菊]いや、いや、そんな良い奴じゃないよ。
[西]そんなことないから。もし本当に嫌な奴で、ひどい奴だと思ったら、こうして付き合っていないよ。確かにムカツクこともあったけど、良い奴だと思ったことがたくさんあった。それは俺だけじゃないと思う。少なくても俺の周囲には『憲太って悪い奴だ』と言う奴はいないから。だから、あまり腐らないでくれ。俺はダメだって思わないで頑張ってほしいんだよ。
[菊]本当にありがとう。
[西]俺は、どうしようもなくてこの世界を辞めたとか、負けてしまったと思ってほしくないんだよ。いろいろ合わない部分もあったんだし、状況さえ違っていたら、後輩の三浦の立場にお前がなっていたかもしれないんだから。逆に言えば、憲太がここまでダメになったのは、いろいろな状況が積み重なったことで、「逆三浦」みたいになってしまったということだってできると俺は思う。
[菊]そうなのかね。
[西]そうだよ。誰がなんと言おうと、卑屈になって辞めてほしくないんだ。何度も言うけど、本当にお前が嫌な奴だったら、わざわざ時間を割いて、送別会をやらないって。
[菊]俺も、まさか送別会をやってもらえるとは思わなかった。厩舎の人たちにも、障害騎手の人たちにもね。
[西]とにかく、この先の人生に幸あれと祈ってます。頑張ってくださいってことで。
[菊]はい、ありがとうございました。
いかがだったでしょうか。
憲太の言葉は、10年間騎手として生きてきた本音であり、競馬の世界の現実を表している、これ以上ないブッチャケトークなんですよね。それが伝われば、と思いました。
そして、もうひとつ、実は別れが訪れました。シルクヒーローが中央登録を抹消されました。厩舎を去る前日の夕方、武士沢さんも厩舎を訪れてくれたんですよね。
↑武士沢さんが厩舎に来てくれましたご存じのように、シルクヒーローは一度JRAを抹消されている経歴の持ち主なのですが、その時とは見舞金の制度も変わっていて、制度の違いに時間の流れを感じさせられました。
本当にお疲れさまでした、そして、ありがとうと言いたいですね。
あっ、最後に、6月21日(日)に、急遽、市丸博司さんのライヴにノビーズが飛び入り参加することになりました。ノビーズとしては3曲ほどの演奏となりそうですが、市丸さんのバンドに私がギターとして参加することになったんですよね。
あと、超大物騎手がボーカルとして熱唱する予定となっておりますので、お時間のある方はぜひ足を運んでいただければと思います(場所は、東京都新宿・新宿ロフトプラスワン)。詳しくは、『サラブレモバイル』内のニュースコーナーをご覧ください。
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