獣医師も『石の上にも3年』なのだそうです
2010.1.28
先週はノボジュピターが4着と頑張ってくれました。何人かの方からメールをいただいき、アンカツさん(安藤勝騎手)の起用について質問がありましたが、先生とオーナーで話し合った結果だと思います。正直なところ、僕は詳しくは知らないのですよね。
馬へのあたりが柔らかいタイプ(騎手)と強いタイプということを書かれていた方もいらっしゃいましたが、僕の個人的な意見としては、見かけとは全然違うと感じているというのが正直な感想です。
例えに出して申し訳ないのですが、大庭なんかは、ダイナミックなフォームで追う姿など、あたりが強いタイプに映ると思うのですが、一緒に調教で乗っていると、とにかく柔らかい。掛かる馬でも、フワッと乗りこなしてしまいますから。
あたりが強いとされる騎手の方々も、外から見て判断できないような微妙なところで、強弱を付けながら乗っているということなのです。
騎手の人たちに話を聞くと、小指のわずかな動きも十分な扶助のひとつらしいです。その動きを見て分かる人はなかなかいないでしょう。
僕も含めて、明確に言いあてられるというか、話ができるほど、技術論というのは簡単ではないと思うのです。
さて、今週は山嵜獣医との対談の2回目となります。それではどうぞ。
[山嵜将彦獣医師(以下、山)]先人たちはよく言ったものですよ。『石の上にも3年』という言葉がありますが、3年経って同じような気持ちが続いたら、その時は覚悟を決めようと思って、それまでは師匠に付いて行くと思って頑張っていたら、そのうちに慣れている自分がいたのです。良い言葉だと思いますよ。
[西塚信人調教助手(以下、西)]このコーナーにも出たことがあって、先生もよく知っている調教助手の鈴木一成も同じことを言っていましたね。アイツは3年目に転厩しましたけどね(爆笑)。
[山]そうですか(笑)。
[西]アイツが所属していた小島茂之厩舎も、仕事がハードで知られていますからね。
[山]3年頑張ってみるということは大切だと思いますよ。
[西]師弟関係ということで言うと装蹄師さんが思い浮かびますが、それよりももっとフランクな感覚なのかと思っていました。
[山]ん~……装蹄師さんから比べたら楽だったかなあ(笑)。ただ、後輩にあたる梅本は、本人からすると厳しいと感じているのかもしれませんが、僕からみれば楽だなぁと思いますよ。当時は追い切りが行われる水曜日だと、夜7時過ぎに診察へ入っていく厩舎がありましたから。
[西]そんな忙しいなか、いつもお世話になりまして、申し訳ありません。
[山]いや、西塚厩舎も好きでしたし、尾関厩舎のスタッフの方々も頑張っていますからね。他の厩舎のスタッフの方々もそうなのですが、何とか一緒に頑張ろうとこちらにもやる気が伝染してきます。
[西]西塚厩舎時代は、僕が入る前には、それこそ診療費が未払いとなってしまっていて、松永先生をはじめとする開業獣医さんの方々にご迷惑をおかけしましたから。
[山]でも、本当によく頑張ったよ。
[西]僕が西塚厩舎に入っていちばん最初に改革というか、変えたのは、獣医さんに治療してもらえるようにするということだったんです。お金が払われていない状況のなかで、積極的な治療をしてもらえるわけがないですから。いろいろな考え方がありますが、僕は治療は必要だと思いますよ。
[山]結果も出てきていたし、これからだと思って楽しみにしていたんですよ。でも、僕自身も、西塚厩舎を診察させてもらうことで、とても勉強になりました。
[西]あっ、そうですか。一緒に悩んでいただいた感覚ばかりが残っています。
[山]それは僕にもありました。いろいろ試みさせてもらった部分もありましたから。
[西]他にふたりの開業獣医さんに診察していただいていたのですが、それぞれによって見立ても違えば、対処へのアプローチも違いますからね。当然、得意分野というのもあるんだなぁと感じていました。
[山]そうはあるだろうね。
[西]例えば、こういう歩様の時は誰に診てもらうと解決する確率が高いだろうというような感覚はあります。
[山]人間の医療でもセカンド・オピニオンということが言われていますが、僕はそういう考えがあって良いと思います。
[西]ただ、ブッチャけさせていただくと、いまもなお他の先生が診ている馬を、松永先生に診てもらうことはご法度的な意識が存在しますよね。
[山]それはありますね。どちらの立場となっても、気持ち良い感じは、正直、しませんよね。でも、僕個人としてはセカンド・オピニオンということはあって良いことだと考えています。
[西]西塚厩舎の時には、それをやっていたのです。困った時には、3人の先生に診てもらっていました。
[山]症状に対して、3人が同じ診断をすることもあれば、それぞれの診方、考えがあることもありますからね。
[西]さらにブッチャけてしまうと、原因不明のハ行というのは必ずと言っていいほどあります。そこで、ふたりの獣医さんに診てもらうと、ふたりとも違う部分に原因があるという診察をするんですよね。
[山]そうだろうね。
[西]レントゲンを撮影しても、エコーに映し出しても、何も異常は確認できないというハ行は、本当に難しいですよね。
[山]ここだと断言できない時はありますよ。当たり前ですが、『ここが痛い』、『ここが気になる』と言ってくれません。だから、難しいですよ。
[西]消炎剤を投与することで、その反応を確認しながら、原因を探っていくという方法を採る先生もいらっしゃいますよね。
[山]ひとつの方法ではありますよね。ただ、競走馬ですから、時間的な制約という部分は避けて通れません。診断麻酔を施しながら、じっくりと診察していくことも有効な手段のひとつなのですが、時間的、法的な制約からあまりトレセン内では普及していません。
[西]麻酔ですからね。
[山]そう、禁止薬に指定されていますから、体内から抜けるまで出走できません。あと、厩舎サイドでそこまで原因を特定したいという感覚がそれほどでもないと感じるのですよ。
[西]あっ、そうですか。
[山]アメリカでは原因を特定するために、診断麻酔という方法がよく用いられます。でも、日本では『あっ、いいよ。放牧に出すから』という感覚があるのです。それはそれで良い部分だと思いますし、どちらが良い悪いということではなく、違いがあるということです。
[西]話が前後しちゃうのですが、読者の方の中には、開業獣医さんとJRAの獣医さんがいることを知らない人もいるので、その辺りも説明していただけますか。JRA所属の獣医さんと開業獣医さんは、業務内容がちょっと違いますよね。
[山]そうですね。師匠の言葉を借りると、我々は人間で言う『町医者』(一次診療)ということです。
[西]開業獣医さんが町医者なら、JRAの獣医さんたちは、大学病院(二次診療)の先生という感じですかね。以前、疝痛で入院した時、担当していた獣医がいて、その人が継続して診てくれるのかと思ったら、担当者が次から次へと替わっていく感じだったことがありました。当番制ということなのかもしれませんけど、医者としてそれはどうなのかと思っちゃいましたよ。
[山]JRAの獣医さんは、二次的な診療という感じになってきているかもしれませんね。
[西]その違いについてまったく知らずに、開業獣医となったわけですよね(笑)。
[山]そういうことです(笑)。でも、頭数を診たいと思ったら、開業獣医の方が圧倒的に機会には恵まれます。
[西]ということは、歩様とかが分かるようになるには、開業獣医さんの方が有利ということですよね。
[山]個人差もありますから、一概にそうだと言えないですよ。
[西]師匠に聞いたりしましたか?
[山]入社当時は聞けるような立場ではありませんでした。あくまで、師匠が患者さんというか、担当の厩務員さんや助手さん、あるいは調教師の方々に説明している、その言葉を聞きながら自分の判断と照らし合わせたり、あるいはここが原因だと思いながら、師匠の診療を見ていたりということを繰り返していきました。『なるほど、こういう症状はこういう原因もあるんだ』と教えられることもありましたし、逆に『やはり、そうなんだ』と一致することもあったりしました。そのうち、自分でも直接馬に触る、いわゆる触診するようになって、体や感覚で覚えていくことになるわけですよ。そういう意味では、やはりたくさんの頭数を診る機会に恵まれるということは、獣医師としての財産ではあります。
今週はここまでとさせていただきます。
先週掲載分において、牛はまったく治療をしないというような表現があり、誤解を与えてしまいました。山嵜獣医師ともども、この場を借りてお詫びして訂正させていただきたいと思います。
対談の今回分の最後で、石の上にも3年という言葉がありましたが、やはりある程度の期間に渡って、続けてみなければ分からないということってありますよね。我々ばかりでなく、獣医師も経験が財産ということなのです。
それと、意識レベルというか、気持ちの問題というのも大きいんだなぁと思います。やらされているのではなく、自ら率先してやるのでは、成果や効果は大きく違ってくるのだと、山嵜獣医と話をして、改めて感じました。
ということで、最後はいつも通り、『あなたのワンクリックがこのコーナーの存続を決めるのです。どうかよろしくお願いいたします』。