速攻レースインプレッション
ファーサイドの激走が今後の直千競馬を面白くするかも!?
文/木南友輔(日刊スポーツ)
野球少年だった私が小学生の頃、なんとなく「かっこいいなあ」と思っていたのが、サッカーチームでサッカーを習っている少年たちのある掛け声だった。休み時間や放課後、一緒にサッカーをしていると、センタリングのときに彼らが発していたのは、「ニアッ、ニアッ」「ファー、ファー」という言葉。ニアサイド(近い側)、ファーサイド(遠い側)の英語を略して、連呼しているのが妙にカッコ良く感じられたのを思い出す。
日本語の競馬の実況と英語の実況のはっきりした違いは、日本が「内か外か」で馬の位置を表現するのに対し、英語は「近い側か遠い側か」で表現することかもしれない。海外、特に英国やアイルランドは直線競馬が多く、レース映像を見ていると、この「ニアサイド」「ファーサイド」の言葉が何度も何度も聞こえてくる。そして、その日の馬場状態、レース展開によって、ニアサイドの馬が勝ったり、ファーサイドの馬が勝ったり…。
だいぶ前置きというか、脱線が長くなったが、英語で言えば、「ニアサイド」、実況者のいるスタンドに近い側を走る馬が圧倒的に有利なのが、新潟の直千コースだ。各馬が外ラチ沿いに殺到。内を狙う馬もたまにいるが、見せ場をつくるのが精いっぱいで勝ち負けにはなかなか加われない。それが見慣れた光景だ。「欧州の競馬のように数頭が馬群になって内を狙っていくようなら…」「しっかり内と外に馬群がスプリットする競馬がみたい」「1000mじゃなく、1200m、1400m、1600mの直線競馬をやったらどうなるのか」。そんなことをいつも想像していたのだけれど…。
今年のアイビスSDは51キロの3歳牝馬オールアットワンスが快勝。2年ぶりの勝利を狙ったライオンボスが②着という堅い決着で終わったのだが、もっとも盛り上げてくれた馬は「14番人気で③着に入ったバカラクイーン」で異論はないだろう。
スタートし、最内の1番枠から迷わず内ラチ沿いへ。他の15頭とはまったく違う場所を走り抜け、最後の最後まで勝負に加わった。直線競馬に実績があった馬の格上挑戦だった。ただ、そういった馬は他にもたくさんいる。そのなかで違った結果を出せたのは、内に進路を取った陣営の判断が素晴らしかったことに他ならない。
見せ場をつくるだけで終わらなかった、しっかりと馬券に絡むことができたのは、迷いなくパートナーを導いた菅原明騎手の好騎乗。ジョッキーにこの作戦を授けた武井師も見事だった。1頭で気分よく走れたという面があった一方で、師が言ったように「他についてくる馬がいれば…」という見方もできる。馬群ができ、風の抵抗を意識しながら、いい感じに数頭が競り合う形で運んでいたらどうなっていたのか。
レースが終わった後もずっと悩んでいる問題だ。「もし事前に騎手や調教師数名が『一緒に内に行こう』と相談し合っていたら公正競馬に反することになるのか」。チーム戦のような形ができてしまうと、勝たなくてもいいという馬がでてくる可能性もあるし…。どうなのだろうか。ひとつ確かなのは、今回のバカラクイーンの好走のおかげで、今後、夏の新潟開幕週の直千競馬で内を積極的に狙っていく馬が増えること。これは競馬を面白くすることにつながるだろう(※予想がさらに難しくなるかもしれないけど…)。その先に内ラチ側、英語で言えば、新潟の直線競馬でファーサイドに馬群が生まれることが今後あるかもしれない。
レース全体を振り返ると、レベルについてはどうだったか。芝の状態に関して、春の福島開催を新潟で代替開催した影響が夏にどこまで残るのかという心配は杞憂に終わった。前日の土曜には2歳の芝内回り1400m、3歳以上の内回り2400m、日曜になって、1Rの2歳の外回りマイルでレコードが更新。とにかく高速馬場だった。直線競馬では土曜最終の1勝クラスが54秒6のタイムで決着。これは相当速い数字で、アイビスSDはカルストンライトオのレコード更新も十分に想像できた。
54秒2というオールアットワンスの勝ちタイムは「あれ? 案外速くないな」というのが率直な感想だ。ライオンボスは史上初の直千5勝目、カルストンライトオ(2002年、2004年)以来の隔年制覇を逃した。「直千王者」の実力は発揮していたと思うが…。
新型コロナの感染拡大が止まらないなか、東京五輪が開幕した週末、今年の夏の新潟最初の週末、バカラクイーンの走りにひそかに起きたどよめきが耳に残った。叫びたい気持ちを我慢し、あと2週間、五輪に負けない盛り上がりを期待したい。