速攻レースインプレッション
奥行きの深さを見せてくれた弔いVだった
文/山本武志(スポーツ報知)
今春、例年のように栗東で行っていた2歳馬取材で、今までにない感覚を味わった。それは数名の調教師に「今年がほぼディープインパクトのラストクロップ」という言葉を聞いたから。今年のセレクトセールの1歳馬セールでも希少な産駒たちの争奪戦が繰り広げられた。ディープインパクトが死んだということに対して、今さらながらグッと現実味が増してきているのだ。
個人的な話になるが、私の競馬記者生活はディープインパクトと妙なつながりを持っている。初の競馬場でのG1取材はディープインパクトが3冠を決めた菊花賞。京都は1レースから異様なほどの熱気を帯び、我々も含めたマスコミの数も半端なく多い。「G1ってすごいなぁ」と右も左も分からぬ状態で感じていたが、当時から15年以上経っても後にも先にもあんな経験はあの時だけ。それだけ「特別な1日」だったということだろう。ちなみに、我が社のホームページでPOGブログを更新しているが、これもディープインパクト産駒がデビューした2010年からスタート。私の2歳馬取材の中心には、いつもディープインパクトがいた。
ということで、2日前の7月30日。そのディープインパクトが死んでから2年を迎えた。改めて、時の流れの早さを感じた今週末。そこで唯一、行われる重賞、クイーンSでディープインパクト産駒を探してみると、マジックキャッスル、ドナアトラエンテ、テルツェットが上位人気を独占。さすがである。
ただ、この上位3頭の戦績をよく見ると、今年は例年のような札幌前半ではなく、函館5週目での施行にもかかわらず、全頭に北海道の洋芝の経験がない。しかも、レース直前から結構な雨が降り、より力のいる状態へと変えていく。産駒の持ち味といえば父譲りの切れ味であり、非凡な瞬発力だ。果たしてどうなのか、と不安を感じつつ、レースを見守っていたが…。
前半はローザノワールが淀みのないペースで引っ張る流れ。マジックキャッスルとドナアトラエンテは好位から運び、テルツェットは後方で脚を溜めての追走。直線では好位につけていたフェアリーポルカが一度先頭に立ったが、その直後にいたマジックキャッスルが脚を伸ばす。本来なら完全に勝ちパターンの競馬だが、馬群を縫うようにさばいてきたテルツェットがゴール前で強襲。しっかりと測ったようにクビ差だけとらえた。
勝ったテルツェットは直線入り口でも後方2番手と厳しい位置にいたが、この状況でも慌てず騒がず。十分にタメが利いていたからこその差し切りだったと言える。そもそも、ルメール騎手は馬とのリズムを重視して、いたずらに動くことなく、ロスの少ない騎乗でしまいの伸び脚を最大限に引き出すジョッキー。ディープインパクト産駒と非常に相性のいいタイプだと思う。
また、②着のマジックキャッスルは人気を背負ったがゆえの勝ちに行った競馬。結果的に勝ち馬のいい目標になってしまったとはいえ、決して悲観するような内容ではない。今までは脚質的な面から安定感を欠くこともあったが、昨秋の秋華賞からG1の2戦を含む5戦で③着以内を確保。相手なりに走れる面は強みで、このあたりの距離なら牡馬相手の強いメンバーと走らせてみたい存在でもある。
さて、ディープインパクト産駒にとって、決して楽ではない舞台設定だと思っていたが、終わってみればワンツーフィニッシュ。どうしても、ディープインパクト産駒=良馬場の芝中距離がベストという考えになりがちだが、最近はグランアレグリアがスプリントG1を圧勝し、フィエールマンは3000mを超える距離で結果を出してきた。
そして、海を越えればA.オブライエン厩舎に所属するスノーフォールが稍重馬場の英オークスで大差勝ち。代を重ねていくたびに、活躍できるフィールドを着実に広げているのは間違いない。名種牡馬としての道のりも最終コーナーに入ろうとしているのは事実だが、まだ大きな可能性を感じずにはいられない。そんな奥行きの深さを見せてくれた弔いVだったと思う。