速攻レースインプレッション
今年の天皇賞・秋は、昨秋の東京にヒントがあった
文/浅田知広、写真/川井博
今年は3歳馬と古馬の対決がひとつの見どころになった天皇賞・秋。1986年までは秋競馬でありながら「5歳以上」(以下、年齢は当時の表記)の条件で行われており、4歳馬への解放後も菊花賞ではなくわざわざ古馬相手のこちらに出走する馬はごくわずかだった。
この頃のレースで思い出されるのはタマモクロスとオグリキャップの一騎打ち(1988年)。当時としては珍しかった芦毛の超一流馬同士の対決として話題になったが、ジャパンCや有馬記念ではなく天皇賞・秋で早くも4歳と古馬の対決が見られるという点でも目新しかったものだ。
その後、1996年にバブルガムフェローが4歳馬初優勝。2001年に年齢表記が改められ、翌2002年にはシンボリクリスエスが新表記「3歳馬」として優勝。それからしばらく間隔が開き、昨年久々にエフフォーリアが古馬の厚い壁を突き破った。
今年、その3歳勢では皐月賞・ダービーともに②着のイクイノックス(今回1番人気)がその筆頭格で、ほかにダノンベルーガ、ジオグリフと計3頭が出走。迎え撃つ古馬勢は昨年のダービー馬・シャフリヤールが2番人気。そして前走の「逃げ馬対決」札幌記念を逃げずに制したジャックドールが3番人気で続き、この5頭が単勝10倍以内。6番人気のマリアエレーナは単勝20倍台と差が開いていた。
しかし、ゲートが開いてまず「主役」の座に就いたのは7番人気・パンサラッサだった。札幌記念で注文通りにハナを切りながらジャックドールの②着に敗れて「勝負づけは済んだ」という評価になっていたが、この一戦だけでおとなしく引き下がる手はない。
最初の1ハロンこそ12秒6で入ったが、2ハロン目から10秒9-11秒2-11秒3-11秒4と11秒台前半以内を連発。1000m通過57秒4は、2012年のシルポート(優勝馬エイシンフラッシュ)が作った57秒3以来となる久々の超ハイペースだ。
パンサラッサが一流馬へとのし上がるきっかけとなったレースといえば、昨秋のオクトーバーS。同じ秋の東京芝2000mの舞台で再び輝かんという渾身の大逃げに場内は大きくどよめき、やっぱりパンサラッサの魅力はこれだと再認識させられたものだ。
そのままパンサラッサが2番手以下に大きな差をつけて直線へ。好位からジャックドール、その外にイクイノックス、内を突いてはダノンベルーガが急追する一方で、さすがにパンサラッサの脚色も鈍りつつあった。
それでもまだ逃げ切る可能性は十分にありそうだったが、これを許さなかったのが3歳馬・イクイノックスの鬼脚だった。残り400mでアブレイズの外に出し、追い出されてからの爆発力はまさに1頭群を抜いたもの。数字(上がり3ハロン)の上では先に仕掛けられ内めを突いたダノンベルーガ(32秒8)と0秒1差の32秒7だが、残り300mあたりからのごぼう抜きはちょっと目を疑いたくなるほど。一瞬のうちに2番手まで上がると、そのままの勢いで一気にパンサラッサを捉えて栄光の盾を手中にしたのだった。
思い返せば、イクイノックスがクラシックの最有力候補に数えられるようになったのは昨秋の東京スポーツ杯2歳S(東京芝1800m)だった。後方から上がり32秒9の脚を繰り出しての差し切り勝ち。このレースがあったからこそ菊花賞ではなく天皇賞・秋という選択になったのだろうし、それが支持されての1番人気。②着パンサラッサ、そして昨秋に東京芝2000mの新馬戦を上がり33秒1で快勝していた③着ダノンベルーガまで含め、前年秋の東京にヒントがあった天皇賞・秋だと言えるだろう。
その東京スポーツ杯2歳S以来の勝利が念願のG1初制覇となったイクイノックス。これで父キタサンブラック(2017年)との天皇賞・秋父子制覇を達成したが、レースぶりとしては同じシルクレーシングの所有馬だった母シャトーブランシュがマーメイドSを豪快に差し切ったレース(2015年)がよみがえる。もしかしたら、母父キングヘイローの高松宮記念(2000年)を思い出した人もいるだろうか。
こうして「芦毛対決」の1988年から昨年秋の東京開催まで、さまざまなレースの記憶を掘り起こしてくれた今年の天皇賞・秋。今度はどんな形で、このパンサラッサの大逃げやイクイノックスの鬼脚を思い出すことになるのだろうか。いずれにしても、多くのファンの記憶に残る名勝負となったのは間違いない。