速攻レースインプレッション
テン乗りで結果を出した鞍上、厩舎力をたたえたい
文/木南友輔(日刊スポーツ)、写真/川井博
ダービーのレース後、興奮冷めやらぬ周囲の空気を感じながら、さまざまな取材をしてきた。思い出すのはドゥラメンテが2冠を達成した2015年。あるスタリオンの関係者に種牡馬としての可能性を問うと、「ドゥラメンテはもちろんですが、この時計で走ったのだから今年のダービーは全体的にレベルが高かった。⑤着までの馬は当然、種牡馬になれる馬だと思いますよ」と希望に満ちた答えが返ってきた。
ドゥラメンテは牡馬でタイトルホルダーを出し、牝馬はスターズオンアース、リバティアイランドと2年連続で2冠牝馬を出した。2015年のダービーで③着だったサトノクラウンは弥生賞制覇&皐月賞②着のタスティエーラを出した。皐月賞③着からダービーで⑭着に敗れたキタサンブラックは初年度産駒からイクイノックスを出し、今年のダービーは無敗の皐月賞馬ソールオリエンス、青葉賞馬スキルヴィングが1、2番人気となった。あのドゥラメンテのダービー、あの世代は聞いたとおり、本当にレベルが高かったのだなあ、とまさに今、実感している。
第90回という節目のダービー。無敗の2冠馬誕生を期待されるソールオリエンスが単勝1倍台の圧倒的な支持を集めた。道悪で春開催の最終だった中山とはまったく違う府中の高速馬場。前日土曜は未勝利戦で2000mが1分59秒台、芝1800mが1分46秒台の高速決着だった。当日になって、最初の芝のレース、4Rのマイル戦は未勝利で1分32秒台の決着。前日に比べ、強い風が吹いている気象状況ではあったが…。どの馬がハナを奪い、どの馬が番手に入り、どんなペースで流れるのか。みなが想像をめぐらせたと思う。
スタートで飛び出したのはホウオウビスケッツ。外では先行馬の1頭、ドゥラエレーデがスタート直後に騎手が落馬し、競走を中止した。1コーナーでハナに立ったのはプリンシパルS覇者パクスオトマニカ。その他で前へ行く可能性が高かったトップナイフやグリューネグリーンは出たなりの競馬になった。
1000m通過は60秒4。淡々と流れてはいたが、徐々に2番手ホウオウビスケッツとの差が開き始めた。美浦トレセンの取材、火曜朝に聞いていたのは、丸田騎手の絶好の感触。「オオッて感じなんです。これならあるかもしれない。でも、僕の馬まで予想の印、まわりますかね?」。パクスオトマニカの大逃げで、後続がスローになった要因はホウオウビスケッツが脚をためたことだと思うが、脚をためたいだけの手応えと覚悟が鞍上にはあった。
早めに動いたのはハーツコンチェルト、それに続き、外をまくっていったのが、スキルヴィング。自分が◎を打った馬だった。青葉賞組初のダービー制覇を期待された馬。パドックも返し馬も堂々としていたし、ルメール騎手も能力を感じている馬だった。あそこで押し上げていきたかったのか、いかざるをえなかったのか。3角ですぐ後ろからカラ馬が迫っていた影響があったのかどうか。あそこで外をまわることで、苦しい形になったと思う。
最後の直線に向き、逃げたパクスオトマニカ以外の馬たちは結果的にスローの瞬発力勝負になった。抵抗するホウオウビスケッツの外から先頭に立ったのがタスティエーラ。その背後を進んでいたのがソールオリエンス。ソールオリエンスの外で競っていたのがハーツコンチェルト。内を突いたのがベラジオオペラ。最後はわずかにクビ差しのいだタスティエーラが頂点に立った。掲示板に載った5頭はみな上がり3ハロンが33秒前半。結果的には立ち回りの差が明暗を分けたダービーであり、テン乗りながら結果を出したレーン騎手の仕掛け、仕上げた堀厩舎の厩舎力をたたえるほかない。
8Rの青嵐賞を3角先頭で押し切ったドリームインパクトの勝ちタイムが2分25秒6。青嵐賞の馬たちは牡馬が斤量58キロ、牝馬が斤量56キロを背負って出した時計だったことを考えても、馬場状態を考えれば、今年のダービーの時計(2分25秒2)は比較すると平凡に映る人が多いと思う。先週のオークスでリバティアイランドが演じた圧勝劇、ハイレベルな数字を見た後なので、なおさらだろう。
もちろん、世代のレベルが本当にわかるのはこの先、年長馬と対戦が始まる秋、そして、来年になってから。早々に決め付けることはない。心から残念だったのは、ゴール後、ルメール騎手が下馬し、倒れたスキルヴィングは急性心不全で命を落とす最悪の結果になったこと。余力を残した仕上げで青葉賞を勝ち、十分勝機があると思っていただけに悔しいし、携わる関係者の悲しみは想像を絶するものだと思う。
「競馬はときどき難しい」。2016年の有馬記念を制した後、ルメール騎手が涙を流しながら発した言葉を思い出す。競馬は勝ったり、負けたりの繰り返し。つらいこともあれば、信じられないような喜びがやってくることもある。初黒星を喫したソールオリエンスの次走、ハーツコンチェルトやベラジオオペラが本格化するときを楽しみに待ちたい。
ドゥラメンテ産駒ばかりが目立っていたところで、あのときのダービー③着サトノクラウンの子がダービーを勝ったのもうれしく思う。テン乗りの馬が勝ったのは69年ぶり。「テン乗りがなかなか勝てない」ジンクスは消え、「青葉賞組は勝てない」というジンクスは残った。来週から来年のダービーへ向けた戦いが始まる。ダービーのゲートへたどり着いただけで素晴らしいこと。出走馬とすべての関係者をたたえたい。