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西塚助手

【対談・山田敬士騎手②】同じ失敗をしないように、できることは全部やりたい


山田敬士騎手…以下[山]
西塚信人調教助手…以下[西]

[西]ここまでは山田くんの身の上話的なことを聞いてきましたが、やはりあのことにも触れなければいけません。距離を間違えてしまった件です(※2018年10月13日新潟6R、ペイシャエリート騎乗。ダート2500mの1周目の直線で馬を追い、12着に敗れた)

[山]はい。

[西]このコーナーでも話をしたのですが、当然猛省はしなければならないし、厳しい制裁を受けることは仕方がない。実際、3ヵ月の騎乗停止になりました。でも、誰しも若いときには失敗はあるはずで、その失敗によって山田くんの人間性さえも許さない、あるいは叩くのは良くない、という話をさせていただいたんです。

[山]ですが、失敗と言っても、そのレベルが……。

[西]いろいろ厳しい意見があったことは、山田くん自身が一番わかっているはず。でも、あのミスを許せないから、騎乗停止処分をもっと長くしろとか、騎手免許を取り上げろ、というのは違うと思ったんです。その時点では、山田くんと僕は挨拶をする程度で、親しい感じで話をしたことがなかったんですよね。

[山]そうですね。お話をしたことはなかったと思います。

[西]最初から許してしまうのは確かに甘いし、責任は果たすべき。でも、その後は周囲にいる大人たちが、どう対応していくのかが大事だと思ったんですよね。それで、その記事を小桧山先生が読んでくださっていたようなんですよ。

[山]そうなんですね。

[西]その時にも話をしたのですが、ミルコ(デムーロ騎手)も同じような失敗をしたことがあって、それでもその後、日本でトップジョッキーのひとりとして頑張っているわけですから。山田くんも、実際にあの失敗でいろいろなことを勉強したんじゃないですか?

[山]オーナー、ファンの皆さんはもちろん、本当にたくさんの方々にご迷惑をおかけしてしまいました。

[西]あの時は小桧山先生が付き添って、北所オーナーに謝罪するために北海道まで行ったということを聞いています。そのことの意義って、とても大きいと思うんです。

[山]次の日、一緒に馬主さんのところへ謝罪に行っていただきました。

[西]そこが一番重要だと、僕自身は思ったんです。ただ甘やかすのが山田くんに対しての愛情ではない。生意気な言い方かもしれませんが、周囲の大人たちが失敗に対してどういう行動を取るべきか、ということを山田くんに教える。もちろん"お前の顔なんて見たくない"と言われるケースだってあるし、そう言われることの方が多いかもしれません。それならばそれで仕方がない。でも、そこで直接出向くことで、誠意や反省を見せるということは、人生において大事なことだと教えてもらったんじゃないかと。

[山]その場では、とにかく謝罪させていただくことしかできませんでした。



[西]僕も、同じような経験をしたんですよね。西塚厩舎時代にお世話になっていたある馬主さんがいらっしゃって、その方が期待されていた馬が入厩したばかりで骨折してしまったんです。その頃、僕自身はこの世界に入ったばかりだったんですけど、直接謝罪に伺わせていただきました。すると、"長い間馬主をやっているけど、馬が故障したくらいで謝りに来る人なんていなかった"と言われて。"私が生きているうちは面倒をみましょう"と言っていただいて、実際本当にお世話になりました。山田くんの話を聞いたときに、そのことを思い出したんですよ。若いときは特に、ほとんどの人が失敗をするはずなんです。でも、失敗したことよりも、失敗をしてしまった後、どう行動するかの方が重要のはずなんですよ。

[山]正直、自分自身、あの直後は頭の中が真っ白で、どうすればいいか分かりませんでした。

[西]でも、あそこで馬主さんに謝罪に出向いて、その後毎日調教に励んで、騎乗停止期間が過ぎた結果、いまでは結構な数を乗っているわけですよね。しかも、間違えてしまった時に乗っていたペイシャエリートの馬主さんでいらっしゃる北所直人オーナーの馬にも、たくさん乗せてもらえているわけですよ。

[山]復帰した後の初勝利(※2019年2月10日東京7R、ペイシャボム騎乗)も、北所オーナーの所有馬でした。

[西]手前味噌の話になってしまうけど、ウチもそうでした。父親が亡くなった週に、先ほど話したオーナーの所有馬が勝って、もう涙が止まらなかったんですよ。ひょっとしたら、山田君が復帰して初めて勝った馬も、他の騎手だったら勝っていないかもしれません。競馬って、そういう巡り合わせみたいなことがあると思うんですよね。

[山]本当に嬉しかったですし、運命というか、神様っているのかと思いました。

[西]ちなみに、あのときは単純な間違いだったんですか?

[山]あのときのことは鮮明に覚えているんです。新潟ダート2500mというのは年に1、2回しかないのですが、騎乗前に当時はバレットさんを付けていませんでしたので、他の方のバレットさんと"2500は珍しいですね"という会話を交わしていたんです。

[西]そうだったんだね。

[山]ちょうどその頃は、デビュー当初の勝てない日々から少しずつ勝つことができるようになっていたんです。それまでは駆け引きとか、展開に意識が行ってしまっていたのが、それではチグハグな競馬になってしまうと分かって、馬のリズムを最優先に意識して乗るようにして、そして結果が出始めていたんですよね。あの時はレース前に先生から"ハナに行ってほしい"と言われていたのですが、馬のリズム、雰囲気を意識して、ゲートを出て思い通りにハナに立つことができて、リズム良く走ることができていました。でも、直線を向くと、自然に体が馬を追ってしまっていたんです。あとから思えば、本当に何をしているんだろうと、自分自身でもわけが分かりません。

[西]もう2500mということが、頭から消えてしまっていたんだろうね。

[山]全く、意識から消えてしまっていました。

[西]それが若気の至りなのかもしれないね。

[山]いや、プロですから、やはり絶対にダメです。

[西]確かに、そういう意味で言えば、豊さん(武騎手)も山田くんも同じプロ。でも、同じプロでも違う部分はあるし、そこはまだまだ未熟だと思いながら、頑張っていくしかないんだと思います。



[山]本当にそうだと思います。頑張るしかありません。

[西]あのときは、また人気も背負っていたんだよね。

[山]2番人気でした。これは言い訳になってしまいますけど、何レースも連続で騎乗させていただくことも増えていたんです。

[西]あ、なるほどね。

[山]まだバレットさんを付けていなかったので、レースから引き上げてきたら、次のレースに向けて汗を拭いて、着替えて、ヘルメットの色を変えて、鞍を拭いて、という感じで、バタバタしていたところもあったんです。ですから、いまはバレットさんをお願いしました。もう二度と同じ失敗を起こさないように、防げることは未然に防ぐようにと、できることは全部やろうと思っています。

(※次回に続く)

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