西塚助手
【対談・松岡騎手④】正解がない競馬の世界は、一生勉強だと思います
松岡正海騎手…以下[松]
西塚信人調教助手…以下[西]
[西]愚問かもしれませんけど、ウインブライトは松岡さんの中で本当に重い存在になっているようですが、それはなぜですか?
[松]自分の生き写しみたいな馬なんですよ。国内では中山だけ走ると思われていたり、そういうところもそうですかね。
[西]ムラな感じ、ということですか?
[松]いや、ムラではないんです。調子が良い時だったら、東京でも走っていたはずなんですよ。アーモンドアイが勝った天皇賞・秋(19年)でウインブライトは8着でしたが、その時に2着に入ったダノンプレミアムには20年香港カップで先着しています(ウインブライトは2着、ダノンプレミアムは4着)。19年天皇賞・秋の次走で香港カップを勝ちましたが、その時のデキだったら天皇賞・秋でも2着には来ていたという感触があったんですよね。
[西]あとは、松岡さん自身も上手に乗れる、と仰っていました。
[松]レース前から、すごく計算していくんです。馬も思った通りに仕上げていくことができましたし、レースもほぼイメージ通りの競馬ができたんですよ。
[西]調教とレースの感触が合致していた、ということですよね。
[松]そういうことです。レース前から集中力を高めていかなければいけませんから、本当に疲れるんですけどね。本物の強者たちとの戦いですので、返し馬にはじまり、ゲート、スタート、位置取り、そして道中からゴールまで、自分の中の決まり事をひとつも失敗できないんですよ。ただ、あの馬は頭が良いので、教えれば理解しますし、指示をすれば分かってくれましたので、本当に助かりました。
[西]たとえば中山で言うと、パドックからダートを横切って、本馬場に入って、ゴール板まで歩いて、返し馬に降ろして、そこから右のポケットに行く。そこまで、ざっと数えていくつくらいの決め事があるんですか?
[松]まずはスムーズに降ろして、速度は速すぎず、遅すぎず、良いリズムで行く。トモの踏ん張りを確認して、それから止めて、息遣いを確認して、それからライバルたちの気配を確認する感じでした。
[西]あの馬って、メンコをしていましたよね?
[松]ゲート裏で取っていました。
[西]そのタイミングは?
[松]厩務員さんにお任せしていました。馬のことをよく把握されていましたので、追い切りの感触とかもけっこう意見を伺いましたよ。先生と話をした後に、『強めにやりたいんですけど、どう思いますか?』というような話もしました。
[西]少し意外な感じがしました。ウインブライトを担当していた厩務員さんは毎日乗っていたわけではないですよね? 確かに、毎日よく馬を触られていますけど。
[松]もちろん馬と人によります。でも、ウインブライトを担当されていた方はよく馬を把握されていましたし、返ってくる言葉も本当に的確なんです。
[西]ウインブライトはデビューからほとんど松岡さんが騎乗されていましたが、最初にイメージした通りに仕上がっていったんですか?
[松]僕は2歳のときから、5歳で完成を迎えると言い続けていたはずですけど、ほぼその通りでした。ただ、成長度合いは想像を超えていました。
[西]思った以上に成長したんですね。
[松]日本でG1を勝てないことが、本当にもどかしかったですよ。
[西]僕自身も、G1や重賞を勝つ馬に携わらせていただいたことがありますけど、人間の予想を上回って良くなっていく感覚って、確かにありますよね。
[松]それもこの仕事の醍醐味だったりしますよね。
[西]たとえばサクラゴスペルは、若い頃ヤンチャだったので、僕もよく乗っていたんです。で、ある時期放牧から戻ってきたときに“あれ、どうしたの?"というくらいに変わった印象を受けたことがあったんですよ。でも、その時点でさえ、あれだけの馬になるとは正直思っていませんでしたけど。
[松]でも、片鱗はありませんでしたか?
[西]それはあるよ。サクラゴスペルも良い馬だなぁというイメージはありました。でも、人間の思い通りに成長していくケースなんて、本当に稀じゃないですか。
[松]そうなんですけど、良いモノを持っていることも片鱗があるわけで、同じように“良くなっていくだろうな"と思わせる片鱗もあるはずなんですよ。
[西]あ、なるほどね。
[松]そうです。それを見逃してしまう可能性もあるんですよ。
[西]そこがキモだったりするし、実は本当に難しいところなんですよね。
[松]だからこそ毎日の調教があるわけですし、馬は苦しければ、苦しいというシグナルを必ず出しているんですよ。それを見逃してしまって、苦しい時間が続いてしまえば馬はダメになっていきますから。
[西]そうやって、才能を潰してしまうかもしれないわけですよね。
[松]調教のやり過ぎもダメにしますけど、やらなさ過ぎもまた馬をダメにしてしまいますから。
[西]松岡さんは、そのやらなさ過ぎもダメ、という話をよくされますよね。
[松]やらなさ過ぎは、やり過ぎよりも良くないと思います。一生、競走馬として仕上がらずに終わってしまいますからね。
[西]わかるような気がします。松岡さんの場合、ウインさんをはじめ、馬の仕上げから携わっているから、そういう部分も感じるんじゃないですか?
[松]言葉にできないくらい感謝していますし、それこそが自分自身の騎手としての醍醐味のひとつでもあります。ただ、『お前はウインの主戦だから』というようなことをたまに言われますけど、一回もそんなことを思ったことはありません。毎年ギリギリですし、プロ野球選手でいえば単年契約の思いです。結果を出すことができなければ依頼されなくなると、必死に頑張っているんですよ。もちろん良い馬たちに乗せていただいていますので、毎年必ず1つは重賞を勝たなければいけないと思っています。
[西]複数年契約はあり得ないということですね(笑)。
[松]複数年契約だとか、主戦だとか、本当に一回も思ったことはありません。社長さんも本当にシビアな考えをされる方ですので、本当に甘くはないんですよ。
[西]ブッチャけさせていただきますけど、それを聞いて思うのは、騎手の人たちの考えや持っている技術と、サークル内で働く我々の意識との間にズレがあるんじゃないか、と思うんです。
[松]そこに関しては、立場によって違う部分もありますからね。ただ、自分自身は結果を出すことができなければクビだという覚悟を持って、常にやっています。もうひとつ言えば、結果を出したとしても1回ではダメで、積み重ねていかないと認めてもらうことができないということもわかっています。
[西]松岡さんと話をしていると、全く関係ない馬についても、もし自分だったらこう乗るとか、こうやってみたいというような話をされることがありますよね。そういう話をしていた馬を、実際に人気薄で勝たせたことがあったんですよね。
[松]一生勉強だと思いますし、これでいいとか、これが正解だということがない世界だと思っていますから。
[西]そうなんですよ。だからなのかなぁ、技術ではなくて、数字や流行みたいな部分で評価されてしまうことが圧倒的に多い。しかも、その数字や流行が正解だと決めつけるような風潮が強くなってきているように思うんですよ。
[松]野球とかと違って、みんなやったことがない世界じゃないですか。日本の競馬は、競技者と見ている人の感覚が乖離していると思うんですよ。一方、たとえばアイルランドでは、子供たちが日本の野球やサッカーをやる感覚で馬に乗って、普通の原っぱで草競馬をしています。初めて行ったときに、クリス・ヘイズ(※)が自転車に乗るように馬を操っていたのには、本当にショックを覚えましたから。
※アイルランド所属の平地騎手。21年アイルランド平地競走リーディング4位。
[西]それは、間違いないかもしれないですね。
[松]でも、自分自身としては、もっともっと馬のことを勉強したいと思いますし、そうやっていかなければいけないと思っています。いや、そうやって一生頑張っても、正解が見つからないかもしれないわけですからね。
[西]あの人は馬をよく知っている、と言われるような人がいます。でも、そういう人に限って、「馬は分からない」と口にされるんですよね。そういうものなのかもしれません。ということで、そろそろお時間になってきました。
[松]こんな話でよかったですか?
[西]いやぁ、面白かったですよ。
[松]それよりも、西塚信人厩舎はいつになったら開業できるんですか?
[西]耳の痛い話になってきましたね(苦笑)。
[松]勉強が足りないということですよ(笑)。
[西]そうだと思っています。ということで、そろそろ本気を出して頑張らなければダメだと思いまして、実はこのコーナーを不定期にさせていただくことになりました。
[松]おっ、いよいよ本気出すんだ。
[西]松岡さんの方も復帰を果たされたわけで、まだ完全復調ではないのかもしれませんけど、ここからまた頑張ってくださいよ。海外とか、また行ったりするんですか?
[松]コロナを含め、状況が許されるならば、またアイルランドに行ってみたいと思うんですよね。
[西]なるほど。それが実現する状況になっていただきたいものです。今日は本当にありがとうございました。
※対談は21年12月9日。感染対策に配慮して行っています。
※「西塚助手」は、しばらく休載させていただきます。
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