西塚助手
【対談・井上敏樹騎手①】今回のゲストは、7年目の井上騎手です!
井上敏樹騎手…以下[井]
西塚信人調教助手…以下[西]
※収録日・3月5日(木)
[西]今回の対談は、井上敏樹騎手をお迎えしました。よろしくお願いいたします。

[井]こちらこそ、よろしくお願いします。というか、僕で大丈夫なんですか?
[西]何を言っているんですか(笑)。お越しいただいて、ありがとうございます。読者の方々のなかには、僕と井上騎手がどういう関係で、なぜお呼びしたのか分からない方もいらっしゃるかもしれないですから、最初にご説明させていただきます。いろいろな理由があるんですが、きっかけはズバリ、バンドです。元々、音楽に興味があったの?
[井]実は、杉原先輩の結婚式で、ある先輩が“何かやってほしい"と頼まれて、そのリクエストに応える形で、全くやったことがなかったピアノを習って、弾き語りをやられたんですよね。それを見て、『なんて格好いいんだろう』と思って、ピアノを習い始めたのがきっかけなんです。
[西]あ、そうだったんだ。でも、他のスポーツ選手だと、ピアノを習うこともトレーニングになると考えている人もいるくらいだから、良いことだと思いますよ。
[井]それがなかなか、上手くならないんですけどね(苦笑)。
[西]いや、そんなことないよ。やっていけばもっと上手くなるし、途中で辞めないことですよ。ではさっそく、競馬の話に移りましょう。今年で7年目になるけど、フリーになったのは何年前だった?
[井]3年前ですか。
[西]確か、2年目、3年目というのは成績が良かったですよね。
[井]一番多く勝ったのは、2年目(※JRA23勝)ですね。
[西]オークストライアルで2着になったのも、その年でしたっけ。
[井]スイートピーSですね。トーセンナチュラルに乗せていただいて、そこで2着になってオークスへの優先出走権を取ることができたんです。でも、当時は31勝になっていなかったので、もし出走できていたとしても乗ることができなかったんです。
[西]あ、そうだ。結果的には、ケガで出走できなかったんですけど(※出走取消)、オークスの権利を取っていながら乗れないというのは、悔しかっただろうと思います。
[井]それはもう、悲しかったですよ。ルールだから仕方がないんですけど、でもやっぱり乗りたかったですし、悔しかったです。
[西]出身は、埼玉県の秩父市でしたよね。秩父市と聞いて、競馬とは全く関連性が思い付かないんですけど、なぜ騎手になろうと思ったんですか?
[井]中2のときに、母から「体を動かすのが好きだし、動物も好きだから、乗馬でもやってみたらどう?」と勧められたのがきっかけですかね。同級生もやっていましたから、「じゃあ、やってみようか」と思って。そうしたらとても楽しくて、馬もかわいかったので、夢中になりました。
[西]じゃあ、競馬が好きとか、騎手に憧れたとか、ということではないんですね。
[井]全くそういうことではありません。両親をはじめ、家族が競馬を好きとか、馬券を買っていたとか、そういうこともありませんでした。
[西]それが、なぜ騎手を目指そうと思ったんですか?
[井]中3の夏休みに、乗馬の試験が馬事公苑で行われて、そこでJRAの職員さんから騎手という職業があって、試験があるということを教えてもらって、「受験してみたら?」と教えてもらったのが最初でした。
[西]それで、実際に受験したんですか?
[井]その時点では、その年の願書は締め切られてしまっていたんです。
[西]では、そこから高校に一度入学して、それで改めて受験したんですね。
[井]はい。
[西]松若とか、石川あたりと同期ですけど、年齢は1つ上ということですか。でも、馬術をやりたいと思っても、一般的にはなかなかできなかったりするじゃないですか。環境的な面も含めて。
[井]普通はそうなんでしょうけど、僕の場合は市が運営する乗馬クラブで、メチャクチャ安かったんです。当時は日曜日だけでしたけど、たしか1ヶ月で3000円でした。
[西]えっ、それは破格に安いね。
[井]騎手になってから、民間の乗馬クラブでの騎乗料を聞いて、「そんなに高いのか……」と愕然としました。
[西]近くにトレセンとか、あるいは競馬場があったりする環境ならば、民間の乗馬クラブよりは安く馬に乗れる可能性がありますが、秩父市と聞いても競馬や馬との関わりがあるようなイメージがわきません。でも、そういう施設があったんですね。
[井]いまは5000円くらいになったようですけど、それでも安いと思います。
[西]ちなみに、ひと鞍の騎乗料ではないですよね?
[井]1ヶ月の月謝です。
[西]やっぱり、それは安いですよ。それは、騎手や競馬関係の仕事を目指す人間にとっては、素晴らしい環境じゃないですか。
[井]それは、本当にそう思います。ウチは特別裕福な家ではありませんでしたから、もしそういう環境じゃなかったら、騎手になっていなかったですよ。
[西]そうだよね。もし、ひと鞍5000円とかしたら、1日にふた鞍乗って10000万円ですよ。それを土、日でやれば4週で8万円。その他、いろいろと道具などを揃えたりしたら、1ヶ月10万円ですからね。
[井]そこのハードルというのは、やはりあると思います。
[西]最近は、ゴルフの世界でもそういうところがあると聞いたことがあります。僕たちが幼いころは、ゴルフといえば、1日のプレー代が何万円もして、裕福な家庭の子供しかやれないイメージがありました。でも、いまは子供だと1000円とか2000円という値段でプレーできるゴルフ場も多いらしいんです。しかも、スナッグゴルフというゴルフの入門編みたいな競技もあったりして、そこから本物のゴルフに進む子供もいて、プロになった人もいるみたいです。
[井]そういうところは、本当に大事だと思います。より多くの人たちに間口が開かれていた方が、それだけ凄い選手が出てくる可能性がありますから。始めるきっかけは、より多くの人にあった方がいいですよね。
[西]馬の世界も、そういう部分が変わっていくべきなんじゃないかと思うんですよ。馬に乗ることができる環境が、もっと手軽になれば、それだけ騎手、あるいは馬の産業を目指そうとする人たちが増えることにつながっていくわけです。いまでも井上のようなケースは珍しくて、特に騎手の多くは競馬場や、あるいはトレセンなどの乗馬苑出身の人間がほとんどだったりしますから。
[井]競馬場やトレセンの乗馬苑みたいに、馬に乗ることに対して恵まれた環境というのは、決して多くはありませんよね。
[西]でも、受験して1回目で合格したのは凄いですよね。
[井]そうなんですかね? 運が良かっただけのようにも思いますけど。
[西]そうは言うけど、基本的なことだけど身長、体重だって簡単じゃないですよ。騎手や助手の方々の子供さんで、馬乗りがたとえどんなに上手であっても、身長と体重がクリアできなければ当然ダメだし、その上で体力や運動神経が突出するくらい良くなければ合格できないと言われています。井上の場合は、身長とかは大丈夫だったんだろうけどさ。
[井]身長と体重は大丈夫でしたね。
[西]いまでも小さいですよね。身長は?
[井]160cmです。
[西]減量とか、苦労したことはないんですか?
[井]一度も苦労したことはありません。あ、丹頂Sでサイモントルナーレに乗せていただいたときが48kgだったんですけど、そのときは少しキツさがありました。
[西]騎乗は48kgではあるけど、裸だとだいたい47kgくらいですよね?
[井]鞍とかも700~800gありますから、そのくらいだと思います。
[西]そうやって考えると、本人や家族、身の回りに競馬が好きとか、馬券が好きとか、あるいは身内に関係者がいるとか、そういった伝手があるケース以外で騎手になった人というのは、自分の知る限りだと井上くらいかなぁ。他にいたとしても、圧倒的な少数派だと思いますよ。しかも、馬事公苑で聞くまでは、騎手の存在を知らなかったわけで。それでいながら、体重などで苦労したことがほとんどないというのだから、まさに騎手になるために生まれてきたんじゃないかと。
[井]そうなんですかね? 自分ではよくわからないんですけどね。
[西]でも、馬に乗ることはいまでも楽しいと思えるわけでしょ?
[井]もちろんです。レースはもちろんですけど、調教に乗るのもとても楽しいですよ!
(※次回へ続く)
※西塚助手への質問、「指令」も募集中。競馬に関する質問、素朴な疑問をお送り下さい! 「こんな人と対談してほしい」などのリクエストも歓迎です! |