西塚助手
コントレイルを導いた関係者の皆さんの“選択”に、敬意を表します
先週のジャパンCは引退レースとなったコントレイルが1番人気に応え、3歳時の菊花賞以来となる勝利を飾りました。これでG1は5勝目、戦前はいろいろな見方がされましたが、終わってみれば一番強かったのはやっぱりコントレイルだった、という印象です。
改めてレースを振り返ると、序盤はアリストテレスに乗っていた武史(横山武騎手)が行く構えを見せましたが、向正面でペースを落としたところで、出負け気味のスタートを切ったキセキが一気に進出して先頭に立つという、出入りの激しい競馬になりました。
そんな中、中団でジッとしていたコントレイルが直線入口で外に持ち出し、メンバー中唯一となる33秒台(33秒7)の上がりで差し切るという、まさに完勝劇となりました。
これだけの横綱相撲を見せられたのは、騎乗していた福永騎手が馬の力を信じ切っていたからこそでしょう。敗れた馬たちも、コントレイルに勝つにはどうすればいいのか、それぞれの思惑が馬の動きから見て取れるようで、見応えのあるレースだったと思います。
コントレイルをはじめ、関係者の皆さんを見ていて改めて痛感したのが、1頭、1頭の馬に対してどのように接するのか、その選択の重要性です。
レース後のインタビューで、福永騎手は「コントレイルは1200mでも走れる馬」と話しました。それだけのスピードを持った馬が、3000mの菊花賞を勝ち、2400mのジャパンCであれほどの競馬をした。言葉にすると難しくないように思えてしまうかもしれませんが、僕の立場だと、そこまで持っていった陣営の皆さんの苦労を想像してしまうんです。
僕がトレセンに入りたての頃、ある牧場の社長さんに言われたことで、今でも心に残っている言葉があります。それは、“馬の世界に先生はいない。だから常に馬の立場に立って、馬の些細な変化、馬が見せる小さな反応にも、目を伏せることなく対応しなきゃダメなんだ"ということです。
当たり前ですけど、馬は言葉を話すことができません。僕たちは1頭の馬にとって何がベストなのか、身体の変化だけでなく、行動や仕草、目の輝きまでチェックして、馬の能力、適性、状態を把握するように努めるんです。
ただ、人間がベストを尽くしても、馬を完全に把握して、全馬を正しい方向に導くことは難しい。ブッチゃけさせていただきますと、もしそれができるのであれば、未勝利馬は存在しませんし、ケガをする馬もいないはずです。
ですから、僕たち競走馬に携わる人間は、力を発揮できずに終わる馬をいかに少なくするか、ということをテーマに、日々の仕事にあたっているんです。
人間の対応、馬に与える環境次第で馬の成績が変わる例として、ある騎手から伺った話を紹介します。その騎手の方は力があると感じた馬に乗っていて、3歳春のG1に向けて目一杯仕上げたそうです。そこでは勝てないまでも、良い勝負ができたのですが、そこから全く走らなくなってしまったそうです。
その騎手の方は「あの時点で、あそこまで追い込んでいなければ、その後も活躍していたと思う。馬には申し訳ないことをした」と言っていました。つまり、人間が馬の能力をどこでどのように発揮させるか、その選択次第で結果が大きく変わってくる可能性がある、ということです。
もちろん、ここまでの成績を残すには、馬の能力も欠かせません。高い能力を持ったコントレイルに対し、厩舎関係者、牧場関係者の方々がベストと信じるアプローチをした結果、これだけの名馬になったということでしょう。どれが欠けていても三冠馬になっていなかったかもしれませんし、その過程では僕たちに分からない苦労も多かったはずです。関係者の皆さんに対し、頭が下がるばかりです。
今度は僕自身がコントレイルのような馬に出会えるように、そしてそういった馬に出会った時はベストな選択ができるように、日々研鑽していきたいと思います。
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